ハヤトくんとの口論から一夜空けた翌日。

彼とは学校内で出会うことなく放課後を迎えた。

もし顔を合わせたら気まずいと怯えていたけど、その心配は必要なかったようだ。

眠い目をこすりながらも、いつも通り生徒会室に向かい、部屋の中へ入った。

『失礼します。あれ?』

一昨日と同様に、部屋の中には生徒会長専用席に座るカンザキくんしかいなかった。

『君に話がある…。』

部屋に入るなり、カンザキくんから話しかけられた。

口調はいつも通りだけど、やや元気がないような気がする。

『えっと…。何かありました?その前に他の皆さんは?』

『私の方からお願いして帰ってもらった。』

『えっ…!今日は結構やることあったよね?』

『会議は明日に回す。その他の雑務は私が後ほど、ちゃんと片付ける。』

他のメンバーに迷惑がかかっていないのであれば、問題無いかなと思う。

正直なところ、どの作業もカンザキくんがやった方がミスは無いし、確実だ。

カンザキくんは静かに立ち上がった。

いつもとは様子が違う彼を見て、つい息を呑んでしまった。

『ところで、話なんだが…。』

『うん…。』

『まず、君に謝りたい。申し訳なかった。』

『…どういうことですか?』

そう言うカンザキくんは、私に対してゆっくりと頭を下げた。

とにかく困惑してしまう。

『本日の昼休み。君の友人であるハヤト君が生徒会室にやって来た。』

『ハヤトくんが?なんで…?』

カンザキくんの口から意外な名前が飛び出した。

ハヤトくんが生徒会室を訪れる理由が見当たらない。

『彼は怒っていた。そして、彼の言い分は正しい。正式な交際関係が無い相手に対して、キス等をするのはどうかと思う。』

『そうだったんですね…。』

カンザキくんによる突然の謝罪について、納得がいった。

なんかハヤトくんらしいなとも思った。

昨日はとても悲しかったけど、真面目で優しい部分が失われた訳ではなかった。

5年前と、その部分は変わらないでいてくれて良かった。

やがてカンザキくんは、いつも以上に鋭い眼光を私に向けてきた。

『正式に申し込みたい。私は君が、コトノが好きだ。私と付き合っては貰えないだろうか。』

『…!』

『罰と称してキスをしてしまうくらいに好きだ。校則と称して、束縛をしてしまう程に好きだ。しかしそれらは。独占欲に溺れた私の情けない姿だ。』

『…。』

『それほどに君は私の心を乱す…。誰にも取られたくはない。私だけの、私だけのモノになってくれ…!』

カンザキくんのメッセージが聞こえる。

ここまで余裕がない彼を初めて目にした。

そっか、本気だったんだ。

おもちゃにされている訳ではなかったんだ。

いやでも、こんな人と付き合える訳が無い。

今すぐ断るべきだ。

あれ?

なんか全身が熱くなってきた。

頬が赤くなっていないか心配だ。

考えていたこととは関係のない言葉が、自分の口から出てしまった。

『1日だけ、1日待ってもらえる…?』

『当然だ。ありがとう、用件はそれだけだ。約束通り、私ひとりで雑務は片付ける。君の分もだ。帰ってもらって結構だ。』

『えっと…。分かりました。』

口調が普段通りに戻ったから、一瞬、そっけないように感じた。

しかし、カンザキくんの耳が真っ赤になっていること気がついてしまった。

それに気づいてしまったから、部屋をすぐに出ようと決心した。

これ以上ここにいると、何か言ってしまいそうで…?

通学鞄を手に取り、生徒会室から出ようとすると、カンザキくんから呼び止められた。

『最後にひとつだけいいか?』

『何ですか…?』

『私が最初に提示した校則を覚えているか?』

『なんだっけ…?』

『校則その1。いかなる時もコトノだけを愛す。私は生徒会長。校則は必ず守る。必ずだ。』

『も、もう出ますからっ…!』

頭の理解は追いつかないし、心はぐちゃぐちゃだし、体はなんか熱いし、色々と限界だ。

堪えきれなくなった私は、扉を力強く押して、生徒会室を飛び出した。