君と生きる冬

「ご迷惑をおかけしました」

ぺこりと頭を下げると看護師さんは笑って手を振ってくれた。

何故また病院に来ているのか。昨日父が退院してから家に帰り、すぐに病院から電話があった。父が忘れ物をしていたそうで、学校終わりに今日、その忘れ物を受け取りに来たのだ。

診察でもお見舞いでもない時に病院に居るのはなんとなく居心地が悪くて、早く帰ろうと早足になって談話室の前を通り過ぎようとした時。思わず足を止めた。

小さな子供たちが話したり遊んだりしている奥、談話室の端の方にあの少女がいた。

長い髪を耳にかけながら手元にある本を読んでいる。

ーーー話しかけてもいいだろうか。

唐突にそう思った自分に驚く。一度すれ違っただけで、向こうは僕を知らない。それなのに話しかけるのはおかしいだろうか。けれど、この機会を逃すと恐らくもう話しかけるチャンスは無い。

意を決して彼女の方へと進んでいく。彼女の前で足を止め、伺うように話しかける。

「あ、あの…」

彼女はゆっくりと僕を見上げ、少し驚いたように大きな目を見開く。

「えっと…何、読んでるの?」

精一杯声を絞り出して聞くと、少女はゆっくりと瞬きをしてそれから優しく微笑んだ。

「看護師さんがおすすめしてくれた本。君も読む?」

そう言って彼女は本を僕の方に差し出す。

「えっいいの?」

びっくりしながら僕はその本を受け取る。

「うん、退屈だなって思って読んでただけだから」
「そっか」

そう答えると、彼女はまた僕を見上げ、軽く首を傾げながら口を開いた。

「君はどうしてここにいるの?誰かのお見舞い?」
「あぁ、うん。そんなところ」

彼女に聞かれ、思わずそう答える。

「いつも、ここにいるの?」

そう聞くと彼女はゆっくりと首を振る。

「ううん、普段は病室にいるよ。たまに調子がいい時はここに来るかな」
「また、会いに来てもいいかな?」

気がついたらそんなことを言っていた。彼女は驚いたように目を見開き、それから優しく頷いた。

「もちろん。私の病室、204号室だよ。いつでも来てね」

先程より明るい声音で彼女はそう告げてくれる。

「わかった。じゃあ、また」
「うん、またね」

彼女はふわりと微笑むと、優しく手を振ってくれてつられて僕も手を振り返す。

まさかまた会えることになるとは。妙に弾む心を落ち着かせながら家に帰り、部屋に戻ってからまだ彼女の名前を聞いていなかったことを思い出した。

明日、聞きに行こう。