『わたしの理想を聞いてもらってもいいですか?』

『理想?一目惚れされるならベーシストってやつ?それなら聞いたことあるな。残念だけど、ギターとベースの違いも分かんね…。』

『あー、それもそうなんですけど。他にもたくさんあるんですよ!わたしの理想は!』

『ん?』

『そうですねぇ…。例えば、園芸部ならではの理想もございまして。園芸部ならではというか、厳密に言うと園芸部ではないんですけどもね。』

『うん…?』

『例えば、わたしがどんなに傷ついても絶対に守ってくれる用務員さんなんか良いですよね。でも、普段は優しくないんですよ!メールでだけ優しくなれるんです。そして、本当に危ない時だけ、全力で助けてくれるっていう!後、青い花が好きなんです!』

『ん?スズキさんにそうなってほしいよってことか?』

『じゃなくて!えーと。2人の共通項は青い花!だから、青い花が好きなんですよ!』

『めっちゃ意味分かんね…。』

困ったような顔でサクヤさんが腕組みをし始めた。

理解ができないと、明らかな態度で示している。

でも、いつもそうだけど、理解しようとはしてくれる。

知ろうとしてくれることは嬉しい。

私は話を続けた。

『わたしの理想はそんな感じで。でも、現実は違うよねって。現実は思い通りにはならないって思うんです。』

『それは分かる。理想と現実は違うよな。』

『わたしの現実…。花が好きなくせに、共通の花すら用意してくれないんです…。用意してくれたら、絶対にその花のことを大切にするのに。』

『…?』

『あ、玉ねぎとかはくれるんですけどね。それは嬉しいんですけど、わたしはロマンが欲しいなって思ってて。ロマンってなんだよって話なんですけど。だから、その…。』

『…シュンくんと付き合えよ。』

『えっ?』

腕組みをやめて、サクヤさんは海の方を見た。

その横顔を見て、何となく切ない気持ちになった。

なんでそんな表情を、私に見せるんだろう。

『オレにはヤヨイちゃんが望むロマンってやつを用意できねーって。』

『めっちゃ回りくどいこと言ってすみません。わたしはサクヤさんと…!』

『それにオレは後1年で卒業だしな。だったら、残りの2年間でシュンくんと付き合った方が良くね?思い出いっぱいできるし?』

『…。』

『オレはもう無理だ。好きじゃない相手としか付き合えねぇって。』

『そんな…。』

『好きな相手と過ごすことが、こんなにも幸せで。同時にこんなにも苦しいって知らなかった。2回も経験するとは思わなかった。』

『そんな悲しいこと、言わないで下さいよ…。』

『この間、キスしたんだろ?さっき、シュンくんが言ってた。その調子なら上手くいくって。』

『上手くいくとか、そうじゃなくて!えーと、もう分かんない!わたしが言いたいのは、えーと…。』

『分かった、はっきり言う。ヤヨイちゃんのことは大好きだ。1年前から何も変わらない。でも付き合えない。好きだからこそ、付き合えない。』

『好きなのに付き合えないとか、どういうことですか?わたし、初心者なんで理解できません!』

『もうこの話はやめよーぜ?平行線だ。』

『…うぅん!』

私は床を蹴り、納得がいかない様子をアピールした。

でもサクヤさんは、海をずっと眺めたままだった。

こんな悲しい価値観を抱いてしまったのは、私のせいなのか。

それともモモナさんって人のせい?

またしても沈黙が、私達の間に訪れた。

波の音と夜風に身を委ねる時。

しばらくしてから、サクヤさんが口を開いた。

『でも、ありがとな。』

『…嬉しくない。』

『オレは嬉しい。』

『…嬉しくないです。』

『残りの園芸部もよろしくな?ノゾミちゃんは1学期まで。オレは最後までやるから。』

私の言葉を聞いて、サクヤさんは俯いてしまった。

恐らく、油断している。

『…分かりました。変態クズ部長さん。よろしくお願いします。』

『怒らないでって!ごめんんんんっ…!』

勇気を出して、その隙をついた。

隙を見せる方が悪い。

私は一瞬にして立ち上がった。

座ったままのサクヤさんのアゴを軽くつまんで、首を上に向けさせた。

そして、口のど真ん中に上からキスをかました。

この人の全てを吸い尽くしてやろうと思って。

私の肘をサクヤさんの肩に置き、両手を使って頭を固定した。

幸せな感覚が私を包む。

髪の毛サラサラだなぁ。

まつ毛長いなぁ、良い匂いするなぁ。

数分程して、私は満足した。

『ふぅ…。』

『…おいおい。』

サクヤさんから離れて、隣に座った。

やった。

不意打ちは成功した。

気分が良かった。

まだ心臓がバクバクと鳴っている。

目をパチパチと動かしているサクヤさんが、私の方を見ている。

『驚きました?いつかの仕返しです。』

『めっちゃビビったっての。』

サクヤさんは苦笑した。

この顔が見れたなら、勇気を出して良かったと心から思う。

『付き合えないけど、キスはする。この罪悪感でずっと苦しむように、呪いをかけました。』

『おいおい!思ったよりひどい理由だな。』

『サクヤさんほどじゃない。』

『でも、オレは今のも幸せだった。』

『…わたしも。』

『…部屋戻ろっか。』

『そうしましょう。』

私達はベンチから同時に立ち上がった。