お見合いしたその日の内に結婚までを済ませてしまった男女。
その名も…神楽夫婦。
旦那政宗は定時きっかりに仕事を終わらせて帰宅する。普段ならジムで筋トレを一時間、その後サウナで汗を掻き帰宅するものの、今日からは直帰。
閑静な住宅街に、一際目立つホワイトハウス。庭に敷かれた人工芝、よく分からない大きな噴水。実家で飼っている犬が遊びに来た時用の犬小屋は、未だ未使用。
厳重なバリケードの柵は暗証番号付き。因みに『1122』結婚記念日だ。それをピッピと入力し終えると、素早くスマートに開閉して玄関までの道筋を辿る。
指紋認証又はパスコードで施錠可能なハイセキュリティな扉を開ければ、既に並べられたピンヒール。
「…。」
政宗は何かを言いかけた。それは、(ただいま)の言葉。だがしかし、思い留まり言うのを止めた。
無言のまま靴を脱ぎ、シューズクローゼットに今日の革靴をしまいつつ、嫁の無駄に高いヒールを二本の指で釣り上げて、序でにしまう。
棚に置いた後は、嫁の靴に触れた指先の匂いを確認し、無臭である事に安堵した。
その後、リビングへと足を運ぶと、ふわりとスパイスの香りが政宗の鼻腔を擽ぐる。
(今夜はカレーか…)
政宗は幼少の頃から実家で食事を担当してくれた年配女性が作る料理が大好物だった。
仕事の付き合い以外は、お袋の味しか口にしない政宗は、実家に我儘を通し、その女性をこのホワイトハウスに引き抜いてしまったのだ。
もうかれこれ二十年以上の女性も、未ではいい齢…休みなく働いてくれる事に感謝しつつも、ある不安が頭を過っていた。