「侑くん、遅くなってごめんね」

甘えるように優しい声で問いかける莉緒に、やっと佐伯の顔が上がった。

こわばった表情をさせながらも、何とか笑みを見せて首を振る。

今、苦しくて辛いはずの佐伯が莉緒には真摯に応じている。

そんな佐伯から莉緒に視線を流して、『莉緒!頼む!』と心で祈った。

「ごめんね。一緒に行こうねって約束してたのに」

「.....ううん、後輩の子が早退して代わりに残業したんでしょ」

「うん。でも侑くんとの約束守れなかったから。ごめんね...」

首を傾げて困った顔を見せた莉緒の効力は凄い!

それに発する声も言い方も堪らなく甘い。

いつもなら『バカップル!イチャイチャするな!』と割って入るけど、今日は良しとする。

佐伯もちゃんと莉緒の瞳を見て「大丈夫」と小さな声で言った。

そんな時やっと柔らかくなった空気を蹴破ったのはやっぱりあの女。

「侑くんって....ねえ佐伯くん。この人は?」

ねぇと尋ねながらも佐伯の顔など見ないで、ジッと莉緒の顔を観察している。

莉緒の容姿に一瞬呑まれたけど、嫉妬心から対抗意識を持ったようだ。

この女の『佐伯くん』と呼んだ声に莉緒がすぐ反応した。

「え?侑くんの知り合いの方ですか?」

佐伯を見つめていたキラキラした瞳のまま視線を移してきた莉緒の美しさに目を剝いたけど、自分に自信があるこの女は相変わらずマウントを取りに行った。

「知り合いって言うか.....元カノです!」

にっこり微笑んだ女に莉緒は一瞬キョトンとしたけど、すぐに笑みを浮かべて目を輝かせて聞いた。

「本当ですか?え、偶然会うなんて凄いですね。私、今侑くんとお付き合いさせて頂いているんです」

「あなたが?」

「はい。ね、侑くん」

嬉しそうに佐伯に微笑みながら同意を求める莉緒に、驚愕している元カノを見てつい鼻で笑ってしまった。

「あなたみたいな人がどうして?佐伯くんのどこが良かったの?」

「え?どこがって.....もう全部!」

はにかみながら答える莉緒を、信じられないと息を呑む様子が面白い。

黙ってしまった元カノに今度は莉緒が質問する。