「じゃあ、私は吹奏楽部行って来るね!」


「うん、頑張ってね」


「ありがとう。
いおも、決まったら教えてよね」



笑顔で頷くと、
日向はスキップしながら教室を出て行った。



そして、私も体育館に足を運んだ。



中学生の時と同じで、
みんな楽しそうにしていた。
見学者も多かった。
先輩もみんな優しそうだった。



「みんな、今日は来てくれてありがとう。
よかったらまた見に来てね」



キャプテンがそう言うと、
一年生はみんな体育館を後にする。
下校時間になっていたため、
先輩たちも片付けをし始める。



私は体育館から出て、
バスに乗る前に、忘れ物に気づく。



「…あれ、定期がない」




私は、教室に戻り探したけどなかった。

他にあるとすれば、
体育館に落としてしまったのだろう。




もう時間が遅かったため、鍵も閉まっていた。




「…失礼します。体育館の鍵、
借りに来ました」



「七瀬さん、忘れ物?」



「…はい、定期を無くしてしまって、
今教室を見てきたんですけど、なかったので」


そう言うと、緑川先生が鍵を渡してくれた。


「最後、戸締りの確認だけして、
また持ってきてね」



「はい、ありがとうございます」



体育館に行くと、真っ暗だったはずなのに、
隣の部室に電気がついていた。


誰かいるのだろうか。


それとも電気の消し忘れ?


気になった私は、部室まで足を運んだ。



「…嘘…」






私は、部室の光景を見て一歩、
また一歩と後ずさる。




「あんたは掃除だけしてればいいの」


「…ごめんなさい」


「謝ってないで早くして。
うちら、帰れないんですけど」



一人の子を3人でいじめている。




…止めないと。



頭では分かっているのに。
なのに、私は一歩踏み出すことができない。




踏み出すどころか、後ずさっていた。




その時、いじめられている人と目が合った。





(助けて)




口パクで、そう言っているように思えた。

今にも、目から涙が溢れ出すんじゃないかって思うほど、それでも必死に、私に助けを求める。





…でも、出来ない。




どうしても、中学生の時の記憶が蘇る。 




(後悔だけはしないようにね)



そんな時、しゅう君が言ってくれた言葉が、
頭の中で響く。




ここで見て見ぬふりをしたら、
きっとまた後悔する。



今更遅いけど、
でも、どうしてもしゅう君との約束を
守りたかった。




「…あ、あの!」




私は震える拳をギュッと握りしめて、
声をかけた。




「何?」



「…そうゆうの、辞めた方がいいですよ」



「は?何あれ、うざいんだけど。
あなたには関係ないでしょ?」





関係ない…。




確かに、私が助けようとしてる人は
全然知らない人。




でも、それでも…






「…こんなこと





辞めてください」




私は目を見てはっきりと伝えた。





こんなの間違っている。




「…なんなの?帰ろ」



そう言うと、いじめていた3人は帰って行った。


「…ありがとう」


これで良かったんだよね。


「…大丈夫?」



お礼を言われても、何も言わずに下を向く私に、疑問を感じたんだろう。




勝手に涙が出そうになる。
それぐらい怖かった。



でも、一番怖かったのは先輩だから。



だから、先輩の前でなんて泣けない。





「…すみません」



「え!待って」



先輩が呼び止める声を無視して、
体育館に向かった。



鍵を開けて、中に入り電気もつけないで、
その場にしゃがみ込んだ。





一人になって安心したのか、
幾度となく涙が溢れてきた。







しゅう君、私約束守ったよ。



先輩を助けられただけでも、
良かったんだよね。




たとえ、明日から私が
ターゲットになったとしても。




でも、怖い…。




明日から何されるだろうか。
そう考えるだけで、息が詰まる。
震えが止まらなかった。





「…いお?いるの?」





そんな時、体育館に誰か入ってきた。
声を聞くだけで分かった。




「…先生…






…助けて…」




先生とは約束したから。
一人で抱え込まないって。
先生を困らせることは分かっていた。



それでも、今は、



誰かに助けて欲しかったのかもしれない。




「いお!?」




電気をつけて、
中に入ってきた先生と目が合う。


先生は、何も言わずに私を抱きしめて



(大丈夫、大丈夫だよ)

って言い続けてくれた。
それに甘えて、私は先生の腕の中で泣いた。





先生に抱きしめられても、
なかなか震えが止まることはなかった。




「…落ち着いた?」


「…はい。すみません」


「…何があったの?」


そうやって優しく問う先生。
だから、私は全部話した。

先輩がいじめられているのを助けた。
中学でも同じようなことがあって、
次の日からいじめのターゲットは、
私になっていたこと。



だから、明日が怖い。



それを伝える時、
私は涙を止めることができなかった。


あの時は、本当に苦しかったから。


また、いじめられるかもしれない。


そう思うだけで、



辛くて、



苦しかった。



「…いおはすごいね」



「え…?」


「だって、過去に辛い思いをしてでも、
助けたんでしょ?


…すごいことだよ。普通はできない。

人は辛いことを一度経験してしまうと、
トラウマになってしまうから。

それでも、いおは立ち向かった。




…かっこいいよ」




そう言って、微笑んでくれる先生の目には、
何かを決意した、そんな視線を感じた。



「後は、俺に任せて。








…絶対守るから」




いじめは証拠がないと、どうにもならない。
その証拠を見つけるのは、
簡単なことじゃない。

実際、私は中学生の時に
誰も気づいてくれなかったから。



でも、先生の気持ちだけでも嬉しかった。



「忘れ物は見つかったの?」





「…ないです」



聞かれて体育館を見渡しても、
定期はどこにもなかった。




「何、無くしたの?」



「定期です」



「…お金は持ってるの?」



「…持ってません。
でも、歩いて帰るので大丈夫です。

…では私はこれで」


正直、泣き顔を見られるのが恥ずかしかった。だから、すぐにその場から去ろうとしたけど、それを先生が止めた。



「…駐車場でちょっと待っててくれる?」



「え…?」



先生はそう言うと、体育館の鍵を閉めると、
すぐに走って行ってしまった。




駐車場で待って数分してから、
荷物を持った先生が職員玄関から出てきた。





「お待たせ。乗って」



「…え、でも」




「大丈夫。先生たちには言ってあるから」




その言葉に安心して、
私は助手席に乗り込んだ。





「もう大丈夫?」
 



「はい」




怖くないといえば嘘になる。
でも、私は先生が言った言葉を信じたいから。





「…大丈夫だったら、
手が震えたりしないでしょ?」




そう言って、
先生は私の手をそっと握ってくれた。


 

普通、好きな人に触れられたら
緊張するのに、この時は違った。




先生の温もりが、とても優しくて安心した。



「…何かされたら絶対に俺に言って。

いや、できればされる前に」



「…はい。ありがとうございます」 



そう言うと、先生は手を離した。




欲を言えば、ずっと
先生の手に触れていたかった。



恋人だったら、きっとずっと握っていられる。自分から繋ぎにだっていける。
でも、そんなこと先生とは絶対にできない。



先生を想っているのは、私だけで、
先生には他に大切な人がいる。




だから、こうやって
少しでも先生に触れられる。

  



こんなに嬉しいことなんてない。
私は、この瞬間を大事にしたい。






これも私にとっては、





大好きな人との大切な思い出になるから。