私は夢を見ていた。


同じ夢を見るのは、これで3回目だった。



「…ありがとう。後、ごめんな…」




「待って!…待って先生」



私は、先生のことを何度も呼んでいた。



泣きながら、必死に行かないでと。


それでも先生は、
私に背を向けて歩き出すんだ。

こんな夢、見たくなかった。
でも、きっといつかはこうなる気がした。

それを予告してくれているみたいだった。


それでも私は、
先生を追いかけようと足を前に踏み出す。



「いお!」



その時、後ろから声をかけられる。


振り向くと日向と翔太が、
笑顔で立っていた。



「いおの行くところは、そっちじゃないよ」



翔太は優しく微笑みながらそう言うと、
私のところまで来て手を出す。

その手を握って、みんながいる所に行けば、どれだけ楽になるか。

今まで、一人で苦しんでいることが、
馬鹿みたいに思える。


でも、その先に心から喜べる、
笑顔になれるような幸せはない。





「ごめんね。…本当にごめんなさい」



だから、私はみんなに背を向けるんだ。


…どんなに辛くても、
私は先生と居たいから。


隣にいたいんだ。



大切な人に背を向けることは、
こんなにも辛いんだね。



でも、大切な人に置いていかれる方が、
もっと辛かった。
夢の中で二つの辛さを経験した。



「…。…お…ぃお」



夢じゃない。

どこかで私の呼ぶ声がした気がした。



「…いお!」


そうはっきりと聞こえた瞬間、
私はそっと目を開けた。




ぼやけた視界に誰かが入ってきた。


(先生…?)


そう口に出したかったけど、
上手く声が出せなかった。



視界がはっきりしてきて、
よく見るとやっぱり先生だった。


夢の中で私に背を向けて、
いなくなった先生。


でも、現実にはいつも先生がいる。



そう思うと安心して、
涙が溢れて止まらなくなる。


「…よかった、本当に良かった…」

そう言って、先生は座り込み、泣いていた。


その後、翔太と日向が来て、日向は泣きながら、何度も私に謝ってきた。

でも、私は日向に感謝してるよ。

後で、きちんと伝えないと。

そして、
翔太も目を真っ赤にして泣いていた。



「七瀬さん、目覚めたね」


すると、
主治医が私が目を覚めたことを聞きつけ、
すぐに病室に来た。



「少し呼吸状態見させてね。

…呼吸、楽かな?」


私はそれに頷いた。


「…よく頑張ったね」


その後の主治医の話によると、
私は約2日間眠っていたらしい。


原因はいまだに分からないが、
採血の結果も異常がなかったので、
おそらくパニック状態になった際、
ストレスから呼吸が出来なくなった、とのことだった。



このまま問題なく、熱が下がれば1週間ほどで、退院できるらしい。



「…いお、私のせいで…私があんなこと言わなければ…」




そう言う日向の方に顔を向けると、
まだ泣いていた。


日向のせいじゃない、と言う意味を込めて
笑顔で首を振る。



「…でも」



それでも、まだ何か言おうとする日向の手をそっと握って、もう一度首を横に振った。



「本当にごめんね…」



「…私もごめんね」



短い言葉しか話せなかったけど、
きちんと返事をした。



「…翔太」



小さい声しか出ない私に、翔太は私の声が聞こえるように、近づいて来てくれた。


「…ごめんね…私」


きちんと謝らないといけない。
だから、私は苦しくても
酸素マスクをずらして伝えようとした。



「…私の…せいで…本当に…ごめん」



「…いおのせいなんかじゃないよ。

これは、男同士の問題だから。


…だから気にすんな」



そう言って、
翔太は酸素マスクを元に戻してくれた。


どうして、こんなにも私に優しいんだろう。

私は、
みんなに酷いことしかしていないのに。



「…じゃあ私たち学校だからもう行くね」


「うん…いってらっしゃい」


私は笑顔でそう言うと、
日向も翔太も笑顔で手を振って病室を出た。



すると、さっきまでずっと部屋の端にいた先生が、私の隣まで来て腰を下ろした。



「…先生」



私の声が小さ過ぎたのか、
私の声は先生の耳に届かなかった。


先生の方を見ていると、
先生は私の視線に気づいた。


「ん?どうした?」


私は横に首を振った。

本当は、あの日翔太と二人で、何を話していたのかを聞きたかった。

でも、翔太が男同士の問題だからと言っていたのを思い出した。


「…また遠慮してる」


先生はそう言って、
私に悲しそうな笑顔を向けた。



私が知らないうちにストレスを溜め込んでいるのは、こうゆう事なのかなって、初めて分かった気がした。

良いのかな。

もう遠慮しなくて。

いっそのこと、聞きたいこと全部言ってしまえば、楽になるのかもしれない。


「…あの日…」
「あの日?」


長くは話せない。

まだ声も上手く出ない。

だから近くにあった紙と鉛筆に手を伸ばすと、先生がとってくれた。




(私が熱を出した日、翔太と先生は何の話をしたんですか?)



教えてくれないかもしれない。
それでも、私は先生に紙を渡した。


それを見た先生は、いつもみたいに辛そうな表情をして、でも笑顔で首を横に振った。


先生は教えてくれなかった。


ただ私に作り笑顔を向けて、
静かに首を振っただけだった。




(先生はたまに辛そうで、苦しそうです。

私は先生には、幸せでいてほしいです)



欲を言えば、私が先生を幸せにしたい。


一緒に幸せになろうって言いたい。


でも、こんなこと言ったら、
先生はきっと私に壁を作ってしまう。


だから、これ以上何も求めない。


せめて先生には幸せでいてほしい。


そう思って、先生に笑顔でその紙を向けた。

「…いお」


「どうして…泣くんですか?」



「…ごめん」


「!?」


先生は謝ると急に抱きしめてきた。


「…先生?」



「ごめん…ちょっとだけ、


このままでいさせてほしい」



先生の身体は少し震えていた。



「…何か、あったんですか?」



そう言って、私は先生の背中に手を回した。




「…怖かったんだ。



いおが…


もう二度と
目覚めなかったらどうしようって…」



先生…。


私だって、先生に会えないなんて嫌だよ。


先生が私に抱いている気持ちは、
私とは違うかもしれない。

それでも、
今はお互いの存在を確かめている。



目の前からいなくなることが怖い。




お互い、その気持ちに嘘なんてない。




その時は、ただそう思っていたかった。



「…もう二度と
いおのこんな姿見たくない。

…だから、約束して。

我慢して一人で苦しまない。

ストレスを溜め込まない。

もう全部、俺にぶつけていいから」


もし逆の立場で、先生が目を覚まさないかもしれないとなると、私はどう思うだろうか。


…怖い。


きっと何も考えられなくなる。

先生も同じなんだろうか。

でも、そんな考えは、一瞬にして消えていった。




…先生は…教師だから、もし私じゃなくても、同じことを言っていたんだと思う。



それでも、私は嬉しかったし、
期待しちゃったんだ。



「…はい」



もう無理はしない。

我慢も。


私が我慢すれば良いって思い込んでいたけど、そうじゃなかった。


言いたいこと、思ってることは、
全部言ったほうがいいんだね。


それを教えてくれたのは、先生が泣きながら伝えてくれた、思いなのかもしれない。



でも、あの日、日向に、翔太も私のことが大事なんだと思うよって言われた時、気付いたんだ。


きっと、翔太も先生も私が無理をしていることに、気づいて助けてくれようとしたんだね。



だから、私は日向も翔太も、もちろん先生も、今まで私を大切にしてくれたように、もっと大切にしたい。



この思いに嘘はなかった。



「…約束な」




そう言って、
私を見る先生の目は真っ赤になっていた。
それを見ると、少し胸が痛んだ。



「…心配かけて…ごめんなさい」



「本当だよ。



…でも、良かった」




そう言い終えた後、先生は泣いてしまったことを少し恥ずかしく思ったらしく、顔を洗ってくると言って病室を出た。



その後、主治医と看護師さんが入ってきた。


「七瀬さん、調子どう?」

「…だいぶ声も出てきました」

「うん、そうみたいだね。

…熱、測ってもらえるかな?」



私が頷くと、
看護師さんが体温計を持ってきた。


「…38度か…。下がらないね」



流石にこんなにも熱が続くと、
だんだん身体ももたなくなる。


少し起き上がるのも、だるくてしんどい。



「…点滴だけ打っておくね」

「…はい」


そして点滴を打つと、
主治医と看護師さんは病室を後にした。


そのタイミングで先生も戻ってきた。


不安そうに見つめる先生に微笑んだ。



「…大丈夫ですよ。


ちょっと熱が続いてるだけです」





「…辛いでしょ?」






「…はい、めちゃくちゃ辛いです」




私がそう言うと、先生は目を見開いた。

きっと今までの私なら、何度も大丈夫と言っていたから。

でも、もうそんなことはしないよ。



「でも、先生がいるので…頑張れます。



必ず…治します」



「…いお。

今の俺には何も出来ないけど」



「違いますよ。


こうやって、毎日お見舞いに来てくれるだけで、元気もらってます」



…だから先生は、
これからも私の隣にいて下さい。


これが今、
一番言いたいことなのかもしれない。

でも、絶対に口にしてはいけないことも分かっていた。




全部…壊れてしまうから。




だから、私は、先生に伝わるはずもないのに、何度も何度も隣でいて下さい。と心の中で繰り返した。



「…早く元気になれよ」



「はい、ありがとうございます」





いつも心配してくれて。


そして、私が辛いときは、俺にぶつけて良いって言ってくれて。


先生は、何も考えずに言ったかもしれない。



でも、私はその言葉に救われたよ。



だから、何度でも伝えたい。



ありがとう、と。




自然な笑顔で。