次に目を覚ました時は、
自分の病室だった。


夕日が、病室に差し込んでいた。


お昼前に採血をしたのに、
目を覚ますと夕方。


私は、その間ずっと眠っていたのだろう。


もうすぐ屋上に先生が来る。
だから、私も行かないと。



そう思ったのに、身体がだるくて、
起き上がることだけでも辛かった。



その時、看護師さんが入ってきた。    



「起きましたか?熱、測って下さい」



「…はい」




先生は、もう屋上に来ているのだろうか。


きっと、私が行かなかったら、先生は私に何かあったと思って、病室まで来ると思う。


流石に今日は会いたくない。


起き上がることすら出来ない姿なんて、
見せたくなかったから。


「熱、また上がってきましたね。
先生に伝えてくるので、待っててくださいね」



そして、看護師さんが病室から出てから数分後、すぐに主治医が来た。



「起き上がるのもしんどい?」



「…はい」



「ちょっと、口開けてくれる?」



先生は慣れた手つきで、
一通り調べた。



「…風邪ではないね」



先生は、何か考え出した。
その表情を見ると、不安になる。


先生でも答えを出すのが難しい。


私自身、自分の身体の中で、
一体何が起こっているのか分からない。
だから余計、不安が積もる。



「…とりあえず、採血の結果が出るまでは、
様子見よう」



「…はい」


そう言うと、
先生と看護師さんは病室から出た。



もう日が沈むという時、
ドアをノックする音がした。



「…はい」




私がそう言うと、先生が中に入ってきた。



やっぱり屋上に来てたんだ。 



「…大丈夫?」
 

「…はい……大丈夫です」




「嘘」



「え…?」





「だったら、どうして屋上来なかったの?

………しんどかったからでしょ?」



私は何も言えなかった。

今だって、先生が来て起き上がりたいのに、
身体がだるくて起き上がることすらできない。




「…俺、そんなに頼り無い?」



微笑みながら言う先生は、
どこか悲しそうな表情にも見えた。




まただ。



また私のせいで、先生を苦しめる。


 
「…ごめんなさい」




「謝ってほしいとかじゃないよ。

…ただ、辛い時は、辛いって
言えばいいんだよ。


いおにとって、それが難しことは分かる。
でも、昨日屋上で、いおはもっと頼ってもいいですかって言ったでしょ?

それに俺なんて答えた?」


「…頼って。

俺を困らせるぐらい頼ってって…言いました」



「覚えてるじゃん。


…俺は、いおの元気な姿が見たい。

だから、もっと頼って、早く元気になってよ」



早く元気になって。


この言葉を言われるだけで、こんなにも嬉しいなんて、この日初めて知った。



「…今日、お昼前に採血しました。
…途中、意識が飛んで、気づいたら夕方になっていました。

先生に会いに行こうとしたんですけど
…起き上がれなかったんです。


…今だって…起き上がりたいのに、


身体が…いうことを聞かないんです」



悔しい。



先生と話したくても、
しんどくてうまく話せない。



私の中で、何か熱いものが込み上げてくる。



「…話してくれて、ありがとう」




先生の方に顔を向けると、
先生が泣いていた。



どうして、先生が泣いているのか、分からなかったけど、こうやって泣きたい時は泣いてもいいんだよって、言われているみたいで、一つ、二つと涙が頬を伝う。


一度流してしまうと、どんどん溢れてくる。
拭っても拭っても、止められなかった。



「…そうやって、我慢せず、
泣きたい時は泣いてもいいんだよ?」



そう言って、私の涙をそっと拭ってくれた。


「先生だって

…泣きたい時は泣いてください」




屋上で、一人で苦しそうにする先生。



理由は聞けない。


でも、こうやって遠回しになら、
私でも言えた。
 



……違う。




私は先生みたいに、
直接はっきり言えなかっただけだ。



「…分かった」



この一言だけだったけど、
そう言って笑う先生は、本当に笑っていた。


だから、少し

…本当に少しだけ、
先生の力になれた気がした。





「いお!」



突然、病室の扉が開いたと思うと、
日向と翔太が入ってきた。



「…どうして?」



「心配したよ〜」



そう言って、私の質問には答えず、
私にハグをしてきた日向。

 
 

「三浦が、どうしてもお見舞い来たいって言うから、寮長の人にここにいるって聞いて来た」



寮長が。


「…で、どうしてあんたがいんの?」


「…副担任だから、
い、七瀬の様子見に来ただけ」



今、完全に私のこと、いおって言いかけた。
でも、そんな焦りは一瞬にして消された。



「榊原君、先生に対してあんたはないでしょ」


日向がそう言って、
翔太の背中を軽く叩いた。



「…じゃあ聞くけど、
どうしていお泣いてんの?」



翔太が言った瞬間、
一気に病室の空気が重たくなった。




「…それは」



先生は、何か言おうとしてやめた。


本当のことなんて言えない。
でも、嘘もつけない。



先生はそんな人だから。



優しい人だから。




「…泣かせたの?」



「違う!…それは違う」


翔太の口から出た言葉に、
一番早く飛びついたのは私だった。


私が泣いたのは、先生のせいなんかじゃない。自分が今まで溜め込んできたものを先生が、
全部受け止めてくれただけだから。




「…これは、私が勝手に不安になって、
泣いただけだから。
…先生は何も悪くない。…だから」





「…確かに俺が泣かせたよ」



「!?」


先生は、私の話の途中で言った。
それだけ聞けば、先生は完全に悪人だ。
ただ、私の話を聞いてくれただけなのに。



「…出て行け」


「翔太!」





「早く…帰れ」




この時の翔太は、すごく怒っていた。
先生を見ていた翔太の目は、
怒りに染まっていた。



「…七瀬、無理すんなよ」


「先生…」


それだけ言って、先生は病室を後にした。


無理すんなよって言う先生は、微笑んでたけど、また辛そうな表情だった。

先生が、一番無理してるじゃん。


こう思っていても、先生に直接言うことなんて、私にはできなかった。



「ごめん…帰るわ」



先生が病室を出た後、
翔太もそう言ってドアに手をかけた。



「…いお。

俺やっぱりいおの恋、応援できねぇわ」


「え…」


それだけ言って、翔太も病室を出た。



翔太と先生は、いつから仲が悪くなったの?

元々こんなにも、
ピリピリしていなかったはず。

考えたところで、答えが出るわけじゃない。
でも、どうしても気になる。


翔太と先生の間に何があったのか。


私が学校を休んでいる間に、
何かあったのか。


そこまで考えてから、
私が先生の車に乗った日を思い出す。


先生と翔太は、何か話していた。
でも、車の中にいた私には、
何も聞こえなかった。


…何かあったとしたら多分、その時だ。


その後、翔太が、私に告白をしたことを先生は知っていた。


翔太が、自分で先生に言ったって言っていた。



「いお?」



色々考えていた時、
日向に声をかけられた。



「日向。

…翔太と先生の間に何があったの?」



私が学校を休んでいる間に、
何かあったとすれば、日向なら
何か知っているかもしれない。



「私にも分からないの。
いおが帰った日あるでしょ?
その日から榊原君、ずっと不機嫌なの。

…柴咲先生を見るときだけ」



その話を聞いて、わかった。


原因は全部私だって。




私のせいで二人は仲が悪くなった。




「…いおは先生のこと、本当に好きなんだね」


「!?」



「…でもね、いお。 
先生のこと大好きって思ってるのと同じぐらい、榊原君は、いおのこと大好きなんだよ。

…大切なんだと思うよ」




「…分かってるよ。

…分かってるけど…」



そんなこと、
私が一番わかっていたはずなのに。


一番傷つけたくない人を私のせいで、
傷つけてしまった。


全部、私のせいってこともわかってる。





でも、そうじゃなくて


…私は、全然分かっていなかった。


知らないうちに傷つけて、
辛い思いさせて。




……私は、何も分かっていなかった。




「いお!?落ち着いて!」



まただ。

何かあると苦しくなる。


呼吸が荒くなって、息がうまく吸えなくなる。



それでも考えるのは、
翔太と先生のことだった。



「…ごめ…ん」



翔太。先生。本当にごめんなさい。


勝手に溢れてくる涙。




「いお!ダメだよ!
…ナースコール」



「七瀬さん、どうしましたか?」



「早く来て下さい!
いおが…助けてください。

…お願いします」



意識が朦朧とする中、
日向は泣きながら助けを呼んでくれた。



翔太も先生も苦しめないようにって、
心配させないようにって、思ってたのに。



でも、最後に日向が教えてくれた。


「あり…が…とう」


本当にありがとう。
日向には感謝しても仕切れないよ。



「いお!」



日向が私の名前を呼んだところで、
私の意識は途絶えた。