「ありがとうございました」


点滴を打って時間が経ち、
自分で歩けるぐらいにはなった。
そして、車から降りて、先生にお礼する。





「お大事に」



それだけ言って、先生は車を走らせた。

ありがとうございました。
と、もう一度心の中でお礼を言って、
寮に入った。



自分の部屋に行き、ふと、
ポケットに手を突っ込んだ。

左ポケットと右ポケットに、
一枚ずつ折り畳まれた紙が入っていた。

左ポケットの方に入っている紙には、
電話番号が書かれてあった。
そして、右ポケットに入っていた紙にも、
電話番号が。


おそらく一枚は翔太だろう。

でももう一枚は…?


今日は、朝からホームルームを受けて、その後に会ったのは、翔太と先生だけだった。



「…先生なわけないか」



絶対にない。



先生が、自分の連絡先を
生徒に教えるわけがない。

もし、先生だとしてバレたらきっと、
大問題になるから。


でも、どっちにしろ、
どっちが翔太の電話番号か分からなかった。

だから、結局この電話番号にかけて確認するしかなかった。



二分の一。


でも、翔太だとして、
今かけても授業中だから出られるわけない。




「…寝よう」




まだ少し熱があるのか、身体がだるかった。

ベットに横になると、
すぐに睡魔に襲われた。






「…お、…いお、いお!」





私が目を覚ますと、
目の前には心配そうに見つめる莉乃がいた。




「大丈夫?なんか、ずっと唸ってたけど」




莉乃に言われてから、
汗をびっしょりかいていることに気づく。



「…大丈夫だよ」



「…ならよかった。
あ、夕ご飯食べられる?」



「ごめん、今日はいらないって先生に言っといて」



「…分かった。
何かあったら呼んでね?すぐ行くから」


「ありがとう」




夢を見た。


でも、はっきりと覚えていない。

ただ、私はずっと行かないで、
と泣き叫んでいた。

でも、誰が夢に出てきたのかも分からない。


起き上がると、
まだ少し身体のだるさが残っていた。

そして、2枚の紙が視界に入ってくる。



「…かけてみよう」



そして私は、左ポケットに入っていた紙に書かれた電話番号を打ち、電話をした。



「もしもし。…いお?」


「!?」


声が聞こえた瞬間、
私は電話を切ってしまった。



「…先生?」



私は翔太か、
別に他の人が出ると思っていた。


まさか、先生が出るなんて
思っていなかった。


もう一度かけるべきか、
悩んでいる時だった。


携帯のバイブ音が、部屋に鳴り響いた。




「…もしもし」




「あ、もしもし?いおだよね?」




「はい、そうですけど
…大丈夫なんですか?」




「…何が?」



きっと先生は、私を春休みに助手席に乗せた日と同じで、あまり深く考えていない。




入学前に一緒に行った、
観光地の時と同じで。






「…体調はもう大丈夫?」






「…はい。でも、熱はまだあります」





「そっか」






「…先生」




聞きたい。



どうして私に電話番号を教えてくれたのか。




でも、聞けない。


答えは分かっていたから。




いつでも相談して。



これ以外の意味なんてないことぐらい、
分かっていた。




「どうした?」






「いえ、なんでもありません」





「…じゃあ、また明日」


「…はい」



そう言うと先生は、電話を切った。



電話越しの先生の声は何も変わらない。




優しくて落ち着いていて、
私の大好きな声だった。





また、かけたい。



そう思い、気づけば
先生の電話番号に(先生)と書いて、
電話帳に登録していた。


その後すぐ、もう一枚の電話番号が書かれた紙に視線を移した。

そして、電話番号を入力し、通話ボタンを押した。

何回かコールが鳴ってから、電話の向こうから聞こえた声。




やっぱり、翔太だった。

「…もう、大丈夫?」

「うん。でも、まだ熱はあるかな」

「…無理はすんなよ」


「うん。今日はありがとう」


「おう」




相変わらず、口数が少なかったけど、その言葉から、心配してくれていたことはわかった。


私の周りの人たちはみんな、
本当に優しい人ばかりだった。



なのに私は、みんなに心配ばかりかけて、
絶対に叶わないって分かってるのに、


先生に恋して、


翔太に告白されて振って。


迷惑をかけたり、傷つけたり。



「…じゃあ、もう切るな」




「うん、本当にありがとう」



ごめんね。


この言葉だけは、
声に出さずに心の中で伝えた。




翔太は優しいから、
謝らなくていいって言うと思ったから。