そのまま、保健室に連れていかれ、熱を測ると40度近くまであったので、先生に無理やり返された。



「じゃあ、歩いては帰れないと思うから、誰か先生に送ってもらうよう、言ってくるね」



「…はい」



確かに先生の言う通り、立つだけでもフラフラして、とてもじゃないけど、歩いて帰れない。



「先生、俺が車まで、いおを運びますね」


「榊原君、頼もしいわね。
じゃあ、ちょっと待っててね」


なんか、私を荷物扱いしてない?
そんなことを思いつつ、私が、何を言っても無駄だと判断して、何も言わなかった。



数分経ってすぐに、保健の先生が戻ってきて、送ってくれる先生が、先に車に行くようにと言っていたらしく、私は翔太におぶられて、駐車場まで来ていた。



「翔太…ありがとう。
でももう、授業始まるから降ろしていいよ」






「…無理すんな」



してない。

そう言おうとしても、
身体は素直だから力が入らなかった。


だから、今、降ろされても、立っていられなかったと思う。





「ごめんごめん、お待たせ」



そう言いながら、走ってきたのは柴咲先生だった。そして、先生は急いで車の鍵を開けた。


「後ろに乗せますね」







「…いや、助手席に乗せてくれる?」



先生がそう言った瞬間、
周りの空気が悪くなった気がした。




「…分かりました」



少しの間沈黙が続き、
翔太は私を助手席に乗せた。


 
その後、翔太と先生が、外で何か話していたけど、私の耳には何も入ってこなかった。



時間が経つにつれて、熱が高いせいか、
意識が朦朧とし始める。








「…いお?大丈夫?」


先生が、車に入ってきた時には、もう翔太の姿は見えなかった。


大丈夫かと聞かれて、はい。と答えるだけなのに、意識がはっきりしていないせいか、返事が遅くなる。



すると、
突然先生が私のおでこに手を当てた。



「結構熱あるね。
…このまま先に病院に行こ」




「!?」


先生は、私のシートベルトをつけようと、近づいてきた。

その瞬間、一気に心拍数が上がり、先生に聞こえるのではないかと思うぐらい、心臓がバクバクとなっていた。


「あ、あの!」


その状況に耐えられず、声を出すと、
先生が私の顔を見る。


思っていたより、何倍も顔が近くて、私の顔はどんどん赤くなる。




でも、それは私だけではなく、
先生も同じだった。



「あ、ご、ごめん」



先生は、耳まで赤くして、
すぐに私から離れた。


お互い無言のままだったけど、
先生がそのまま車を走らせた。



「…榊原に告白されたんだってね」


この沈黙を破ったのは、先生だった。
でも、まさか、こんな話が先生の口から出てくるとは思わなかった。



「!?…どうして、知っているんですか?」


「さっき本人から聞いた」


翔太から?

おそらく、私が車の中にいる時に、二人で、話していたから、その時だ。

でも、どうしてわざわざ先生に言ったのか、分からなかった。

考えていると、
私の中でどんどん疑問が生まれる。
でも、これだけは
先生に言っておきたかった。



「…断りました」






「…そっか」



先生は、それ以上何も聞かなかった。




それから何分経ったんだろうか。

私たちは特に何も話さなかった。


入学前に、先生の車に乗った時は、
緊張していたけど今は違った。


なぜか、居心地が良かった。



先生が隣にいる、それだけで安心できた。



私は、その居心地の良さに身を委ね、
そのまま目を閉じた。
目を閉じれば、一瞬にして意識が遠のいた。




「…いお?病院着いたよ」



私は、病院に着くまでぐっすり眠っていた。

まだ、熱が全然下がっていないのか、
頭が働かない。



すると、先生は車から降りて、
助手席の方に回ってきた。




「…ちょっとごめんね」





先生がそう言った瞬間、
私の身体は宙に浮いた。


まだ、意識がはっきりしていなかったが、
先生にお姫様抱っこをされている事は分かった。


翔太の時は、あんなに抵抗したけど、先生の時は、もう身体がだるくて、抵抗する力もなかった。

でも、もし抵抗する力があっても、
多分私はしなかったと思う。


こんな時しか、先生にお姫様抱っこなんてされる機会がない。
そう思うと、熱が出てよかったとも思った。



そのまま先生に運んでもらい、
診察室に入った。



「前にも救急で搬送されたよね?」



「…はい」



「……ストレスかな?
多分七瀬さんは、自分の知らないうちに、結構ストレスを溜め込んでいるね」



前に搬送された時と同じ主治医。

優しく、私のリズムに合わせてくれているような感じで、話をしてくれた。


隣で一緒に聞いていた先生は、何も言わずに、ただまっすぐ、医者の話している言葉を聞き漏らさないように、真剣に聞いていた。




「とりあえず、今日は点滴だけ打って、
様子を見ましょう」


そして私は、病室に車椅子で運ばれて、
すぐにベットに横になった。



「点滴が終わる頃に、
また様子を見にきますね」



看護師さんがそれだけ言って、
病室から出た。





「…先生」


言わなきゃ。
体育祭の日、
私は先生を突き放してしまった。



だから、きちんと話さないと。



「体育祭の日のことなんですけど…」



先生の目を見て伝えようとすると、
先生は微笑んで言ったんだ。






「言いたくないことを
わざわざ言う必要なんてないよ」





違うよ、先生。


言いたくなかったんじゃない。




どうすればいいか、分からなかったから。
勝手にムキになって。



でも、好きな人に誤解されるのが一番辛い。だから、言わせてほしいんだ。



「翔太に告白されたって、言ったじゃないですか。
…答えはすぐ出てたんです。

断ろうって。

でも、出来なかったんです」



「どうして?」




優しく問う先生は、
私の話すリズムに合わせてくれた。




「…友達として大好きだから…大切だから、今までの関係が崩れると思うと、怖かったんです」




「…でもさ、いお。
榊原はなんて言った?
友達やめるなんて言った?」



その問いに首を横に振った。



「リレーの時もそうだったけど、いおの周りにいる人たちはみんな、いおが大好きなんだよ。だからさ、もうあまり考えすぎるのはやめな?

…一人で抱え込んで
自分を責めてたんでしょ?」



違うと言えば、嘘になる。

確かに私は、自分を責めることで、
何かの不安を埋めていた。


でもそれが一番、自分を自分で苦しめてた。





「俺にはさ、何も出来ないかもしれないし、役に立つかなんて分からないけど、もっと俺に話してよ。なんでもいい。愚痴でも、つまらない話でも、何でも聞くからさ」





やっぱり先生は、私の思った通り、
本当に優しい。




でも、こうやって優しくするから、




もっと好きになるんだよ。




「…屋上なら二人で話せるからさ」



真剣に言う先生は、
きっと心配してくれているだけなんだろう。



だけど、私はまだ子供だから、先生にとって私は、特別なのかもしれないって勘違いしちゃうんだ。



「…私、本当に行きますよ?」





「うん、いいよ。




…待ってる」



「…ありがとうございます」



その時、先生の携帯からバイブ音が鳴った。多分、先生授業のこと忘れてたのかな。
焦った様子で病室を出た。





「…待ってる…か」



私の声は誰にも届かない。
静かな病室で発した言葉は、
そのまま静寂に飲み込まれる。


嬉しい。


先生は、私を生徒として
心配してくれている。


それでも、私たちしか知らない場所で待ってるって言われたら、嬉しいに決まっている。





だから…辛くもなる。




私だけ、先生を追いかけていることが




…苦しかった。



誰もいない広い病室で、静かに涙を流す。
そして、閉じられた瞼と同時に、
私の意識も遠のいた。






「…いお?」



名前を呼ばれて、重い瞼を開ける。
視界に入ってきたのは先生だった。


「点滴終わったから、もう帰っていいって。だから帰ろ?」




「…はい」



そう言って、起き上がろうとすると、
先生は何も言わずに私を持ち上げた。


初めは驚いたけど、
先生は何食わぬ顔で歩いていた。


でも、そんな先生とは違って、
私は胸が高まって、



その音が、先生に聞こえませんように。


それだけを心の中で祈っていた。