「あのね、それは誤解なんですよ。三村くんとは縁もゆかりもなくてですね、」

「じゃあ、どうしてあんな近い距離で内緒話してたの」

「あちゃー」

「僕のこういうところ、めんどくさいって思ってるんでしょ」


 脱却できそうにない窮地に追い込まれ天を仰いでいると、オージくんは拗ねた口調でこちらをやさしく睨みながら言った。どうにでもなればいい私は正直に答える。


「思ってるよ」

「ほら」

「面倒くさいけど、かわいいよ」


 ふはっと苦笑しながら繋がれたままの手を振り払い、彼の頭をヨシヨシと撫でる。想像よりも柔らかな髪質は指通りがよくて、酔いしれるように何度も手櫛で梳かしてしまった。

 私の手つきを心地よさそうに受け入れて、大人しく頭を差し出すお利口なワンちゃん。オージくんはやっぱり王子様に見せかけた犬である。


「そんな簡単に僕は転がされないし」

「うん、そかそか」

「あと、僕は誰かさんと違って隠し事をしないタイプだから言っておくけど、リカちゃんとはお付き合いしてないからね!」

「あ、そうなんだ」


 気持ちよさそうに撫でられているあたりちっとも説得力が無いが、私は適当に流しておいた。


「まあ、春ちゃんはリカちゃんのことを応援しちゃうくらいだし? 僕のことなんてどうだっていいだろうけど?」

「そんなことないよ、気になってここまで見に来ちゃったもん」

 
 三村くんを言い訳にして、ここまで来たのは私の足だ。つまり私の意思である。そう伝えると、彼は綺麗に整った顔をふにゃりと甘く歪めてみせた。

 自分の頭を上に乗っていた私の手を捕まえて、そのまま腕を抱き寄せる。空気が変わって、とろけ出した。


「ねえ、期待させるの上手すぎ」

「このベンチに座った時点で、私は期待していたよ」


 まっすぐに答えると、先に照れたオージくんが視線を逃して蹲った。それから落ち着きなく長い脚をバタバタさせるが、これは犬が尻尾を振る行為と同じ意味だと知っている。