オージさまはマテができない



 ひと段落ついたところで、学校中に予鈴の放送が鳴り響いた。体育館裏のスピーカーはちょうど私の真上に位置していたため、爆音によって鼓膜が破られそうになって耳を塞ぐ。


「ま、頑張りたまえよ少年」

「いろいろ話聞いてくれてありがとう。俺にできることあったら協力するから、吉木も気軽に頼ってくれよ」

「うん、そのときはよろしく」


 これにて一件落着、あとはリカちゃんも三村くんもどうなろうが私の関与する話ではない。みんなが報われたらいいけど自分のぶんの幸福を配ってまで他人の幸福を願う気にはならないので、他人事として見守ることにした。

 清々しい笑顔で去っていく三村くんを見送り、さて私も教室に戻ろうと腰を持ち上げる。


「春ちゃん」

「ウワッ」


 誰もいないと思って油断していたところで名前を呼ばれ、驚いて奇声を上げてしまった。声の主のほうに視線を向けると拗ねているのを隠しもしない、唇を尖らせた美少年が立っている。


「なに、びっくりさせないでよ」

「びっくりしたのは僕のほうだよ!」

「はあ?」


 ふわふわした髪を日光に透かして煌めかせながら、こちらに駆け寄ってくるオージくん。一日ぶりに再会した愛犬を前にして、ヨシヨシ撫でたい気持ちをぐっと堪えた。

 なぜなら、私のそばで立ち止まった彼がぷんすか怒っているからだ。突き出した下唇からフッと細い息を吐き出して、自分の前髪をふわりと風に吹かせている。

 黙っていた一瞬限りはさながら不機嫌な王子様だったので、確かにこれは交際を申し込む女の子が後を絶たないのも納得である。正統派な美貌を堪能する暇もなく、元気なオージくんはきゃんきゃん吠え始めた。
 

「教室に行ったら春ちゃんいなくて、探し回ったらここにいた!」

「探させちゃったのはごめんだけど、そんな急用だったの?」

「急用でなきゃ会えないの? てか、こんな静かなところで男の子と二人っきりとかどういうつもり?」

「どういうつもりも何も、」


 私の反論を遮るかのようにしゃがみ込み、目線の高さを合わせてくる。美し過ぎるアーモンドアイ。その真ん中に嵌め込まれた宝石みたいな丸い瞳に捕らえられると、思わず言葉を失ってしまった。



 うっかり見惚れてしまった私にずいっと顔を近づけて、至近距離のオージくんが言い放った。
 

「僕以外の相談は断って」


 きっぱりと決定事項かのように命令されたので、反応が一拍遅れてしまう。危うく頷きかけてしまったが、微かに残っていた冷静な自分が慌てて否定してくれた。


「ふつうに嫌だよ」

「ねえ、春ちゃんって僕が通い詰めている間にも僕以外の人の相談を受けてたの? 余所見? 浮気?」

「まあ、相談は受けるけど」

「ひどい! 僕は所詮、お客の一人なんだ」

「そんな言い方しないでよ、友だちになったじゃん」

「友だちならもっと仲良くしてよ、他の相談者よりも僕だけ特別に扱って。友だちなんだから」

「友だちって、そういうことじゃないでしょ」


 なんなんだ、いったい。ひどく面倒くさいこの男は、圧倒的な容姿レベルをもってしても許せる範囲を優に超えてきている。


「昨日は誰の相談を受けたの? 一昨日は?」

「教えないよ」

「春ちゃんのことは全部知らないと気が済まないの、こういうのおかしい?」

「おかしいっていうか面倒くさい」


 ばっさり斬った私をうるうると見上げ、オージくんはわかりやすく肩を落とした。まさしく耳がぺたんと垂れた犬である。本日も絶好調に自分を小型犬だと思い込んでいる、生まれて間もない大型犬だ。


 そのタイミングで午後の授業開始を知らせるチャイムが真上で鳴り響いた。ちっとも慣れずにまたも鼓膜が破壊されそうだったので、再び両の耳を塞ぐ。

 
「ほら、授業はじまるよ」

「ぜんぜん足りない、春ちゃんが足りないよ」


 促した私を無視して、品行方正なはずのオージくんは立ちあがろうとしない。むしろ、こてんと私の肩に自分のおでこを預けてきた。私まで立ち上がることができなくなる。

 心地よい重みを感じていると、その姿勢のまま彼の方から話してきた。


「もういっかい恋愛成就を頼みたいから、放課後、空けておいてくれない?」

「今日の放課後?」

「そう、だめ?」

「ううん、わかった。教室で待ってるね」


 拘束力のない口約束をして、私たちはそれぞれの教室に戻った。

 高速を破って廊下を走り息を切らして辿り着いたところ、数分ほど遅刻をしてしまった。しかし幸いなことに先生がまだ来ていなかったので、席が近い友人たちに「よかったねー」と声をかけられた。よかったよー。