朝からぐったり疲れてしまい、今日はハードな一日になることを覚悟した。午前中のサイダーのせいで炭酸がお腹で弾けている。
「神様、仏様、吉木さまああああ」
昼休み開始と同時にお手洗いのために席を立った私のもとにクラスの男子、三村みむらくんが駆け寄ってきた。
あまりにもデリカシーがなくて腹が立ったが、とりあえず体育館裏に改めて待ち合わせることを伝えた。彼は購買に寄ってから来るらしいので、私のカレーパンもお願いしておく。
用を済ませてから人気のない体育館裏に足を運ぶと、ちょうど同じくらいのタイミングでパンを抱えた三村くんがやってきた。お茶は買ってきてくれていなかったので、予想通り気が利かない人だとわかった。
とはいえ、私にはお値段が高いほうの辛口ビーフカレーパンを買ってきてくれたにもかかわらず自分は安いほうのしなっと空気の抜けたカレーパンを食べているあたり、悪い人ではなさそうだ。
男子高校生の限りあるお小遣いから捻出された数量限定の高級カレーパンを味わいながら、恋愛神である責任を持って私は彼の話を聞いてあげていた。
「俺の好きな子が吉木のところに来てるのを見ちゃった」
「なるほど」
深刻そうに話し出す三村くんの傍ら、私はぱくりと狐色のそれに噛み付いた。うわ、このカレーパンやばいかも。
「これって、イコール失恋?」
「三村くんは告白されなかったの?」
柔らかいパン生地は油っぽくなくて口当たりが軽い。もぐもぐと食べ進める私に反し、恋に悩める三村くんのカレーパンは全く進んでいないが知ったこっちゃない。
「俺はもちろんされてないよ。たぶん、これから告白するんだと思う」
「三村くん以外の人に?」
ぴりりと痺れるカレーが最高! ビーフがとろける! うまい!
「そうだよ! いや、俺が告白されたらそりゃあいいけど、そんな美味しい話ないじゃん?!」
「美味しいのはカレーパンだけでじゅうぶんってか、がはは」
「がははじゃないよ、ちゃんと聞いて」
思い切り舌打ちを鳴らされたので、私は肩をすくめて微かに真摯に向き合うことにした。
「本音はどうでもいいけど、うまくいくよう願っておくよ。せめてカレーパンぶんはね」
人気のない体育館裏だが、日当たりは良好で日陰になる狭い部分に座っていた。じめっとした雰囲気はないので、喧嘩を売るよりもラブレターを渡す向きの立地である。
ふと周辺をきょろりと見渡してみたところ、どちらの目的で対峙する生徒も見当たらなかった。無念。どちらも一度はこの目で見てみたいと思っていたのに。
「吉木のところにいけば告白はうまくいくって聞いたんだけど?」
最後の大きなひと口を味わいながら咀嚼していると、いまだ中央のカレー部分にも到達しておらずただの揚げパンを持った三村くんが不安そうにこちらを睨んできた。ごくんと飲み込んでから、私は答える。
「当然うまくいかないこともあるし、逆恨みされたらこっちが困る」
私は恋愛成就の歩くパワースポットになりつつあるが、所詮はふつうの女子高生なので他人の恋路の責任なんて取りたくない。ふつうの女子高生にできることは、恋愛の話を聞き流してあげることのみである。
しかし、三村くんは激しく首を横に振って慌ただしく返してきた。オージくんとは異なる犬種だな。
「そうじゃなくて! ほら、俺の好きな子が先にうまくいっちゃったら俺が後から告白してもうまくいかねーじゃん?」
「まあ、それはそう」
「吉木、どっち派なの? 俺のカレーパンのほうが高かっただろ?」
「とりあえず恩着せがましい奴はモテない。てか、後から告白して水を差すのはやめておいたほうがいいよ。出遅れた自分が悪い」
「ワオ、辛辣ゥ」
大袈裟に白目を剥いて天を仰ぎ、三村くんは自暴自棄になったらしくやけ食いに走り出した。持っていた手に力が加わりすぎたようで、ぺそっと潰れたカレーパンを一心不乱に食べ進めている。
さすがに気の毒に思ったので、私は指先にくっついたきつね色に輝くパン屑を舐めとってから口を開いた。
「でも、たぶんその子は大丈夫だと思うよ」
「なんで?」
「だって、三村くんが好きなのってリカちゃんでしょ?」
「な、ななななんで?! だれに聞いたの?!」
「聞いてないけど分かるんだよ、吉木春呼はすごいんだから」
吉木春呼でなくとも話の流れで簡単に推測できるものだが、せっかくなので安楽椅子探偵も進路候補の一つに入れておこう。
ふふんと自慢げに鼻を鳴らす私に憧憬の眼差しを送るアホな三村くんは「吉木さま、やっぱすげ〜」と褒め称えてくれた。気分がよいので、少しは恋愛成就の神様らしい行動でもしてあげようか。
「リカちゃん、ダメ元で告白するって言ってたよ。成功したらそりゃあおめでたいけど、失敗する可能性も高いみたい」
「まじ?」
「まじ」
こんどは真剣な顔つきで私を見つめてくるので、うんうんと頷いておいた。それから人差し指を立てて解説を加える。
「ちなみに、振られた直後は揺らぎやすいという傾向がある」
「どういうこと」
「振られたリカちゃんが傷を負っているところを三村くんが寄り添って癒していく、そして始まるセカンドラブというわけよ」
ひゅーうと口笛を吹いて冷やかしても、私の言葉を噛み砕くのに集中している三村くんは怒りも笑いもしなかった。
こんな余裕ない三村くんを見たらリカちゃんだって心が動かされると思う。しかし、それを本人の前では隠しちゃうあたりの不器用さがまさしく恋愛っぽくて実に愉快だ。



