無口な担当医は、彼女だけを離さない。



ずっと誰にも言えなかった。


お母さんは過労で亡くなったと聞かされた時、ほっとした自分を本当に軽蔑した。


お母さんの亡くなった日、2016年の4月5日。


3日後に高校の入学式があったのにも関わらず私は持病が悪化し入院。もちろん入学式には出られなくなった。


今まで持病のせいで出来なくなったこと全てのストレスがその日爆発してしまい、私はお母さんにこんな言葉を放ってしまった。



『お母さんの子になんか産まれてきちゃったから!こんな体に産まれるなら産んでほしくなかったし、他の家に産まれたかったよ!…もう出ていって。お母さんの顔見たくないの!』



私がこの言葉を放った数時間後、お母さんは救急車で私の入院している病院に運ばれてきた。