「ごめっ…ごめんさな、いっ…」
「清水さん、私はもう大丈夫。だから…責任なんか感じないでください。ほんとに今私幸せなので」
清水さんはありがとう、ごめんなさいと何回も言っていた。
その一つ一つの言葉の重みがこの約6年間の彼女の苦しみを表していたように感じる。
「新幹線の時間大丈夫?」
「うん。まぁこうなるかなーって思って時間早めに伝えたからね」
「そうだったの⁈じゃあお父さんともうちょっと話せたかもだったのか…」
「でも結果的によかったでしょ」
「うん…何から何まですみません世那くん」
世那くんは「栞麗のすっきりした顔見れるならこのくらいなんとでもない」なんてかっこいいことを言っていた。
私の過去の答え合わせをするためだけにこんなところまで着いてきてくれる世那くん、何だかんだやっぱり優しい。
この日から私はバイトを増やして毎週末お父さんのお見舞いに行った。
お父さんは毎週来る私を見てそんなに来なくていいと言っていたけど、毎回少し嬉しそうな顔をする。
その顔を見るためだけに私は毎週東京から長野への往復を続けていた。
しかし束の間の幸せも長くは続かず、お父さんと再会した日からちょうど3週間後。
お父さんは55歳で亡くなった。
