聖なる夜に王子様と初めての口付けを

「どしたの?実花子?」

千歳が、ココアの入ったカップを、私の目の前に置いた。ココアの甘い匂いと、千歳の声に、何故だか、目に涙が溜まっていくのがわかる。

「実花子?しんどいの?」

ーーーー違う。しんどいのは身体じゃない。きっと心の方だ。もう誰も好きになりたくない。

また颯の時みたいに、どうしようもない程に本気になって溺れて、そして、最後は、別れを告げられるのなら、恋なんてしたくもない。

二度目は、もう立ち上がれない。

「もう帰って」

「何で?」

「スッピンだし、部屋着だし、迷惑だからっ」

本音を隠そうとしたら、言葉尻がキツくなった。千歳と一瞬目が合い、胸は針を刺したように痛む。

「……あっそ。じゃあ帰ろうかな」

千歳は、湯気のたつココアをそのままに、立ち上がると、ソファーに置いてある、黒のダウンに手をかけた。

「おかゆ、冷蔵庫入れといたから、明日の朝までなら食べれるから」

千歳は、それだけ言うと玄関先へと歩いていく。その後ろ姿が、もう此処には来ないと言っているようで、胸が苦しくなる。

気づけば伸ばしていた掌は、すでに後ろ姿しか見えない千歳には、届かない。