その1


ミキオにとって、セミという昆虫は物心ついてから一貫、哀れ極まれない生き物に括られていた。

ニンゲンに塩をぶん撒かれて溶け消えちゃうナメクジ、ゴキブリホイホイの接着ジゴクという紙屋敷に入ったが最後、手足が捥げる抵抗に支配され、そのまま絶命を全うせざるを得ない黒テカ嫌われ虫の集団…。

そんな輩を通り越した、次元超えのたそがれ、哀愁をアブラゼミは少年の心に打ち込ませていたのである。

”だって!…地中深くで長い間じっと目を閉じ、実質寝ている幼虫期と、やっと地上に出てさなぎの間を過ごす人間なら幼少期…、それ終えて、天空のまあ下の方だけど、一応は双方の羽で宙を飛べる躍動の生命をゲットしたしたと思ったら、ニンゲンの量とは言え、たった3日で地べたに亡骸を晒すんだ。カワイソーに…。ご愁傷様~”

あくまで”他人事”として十分に同情しつつ、ミキオはナメクジ以下、ゴキブリ以下のそこそこな図体を持つ虫けら最下層を、その後もずっとそこに定義し続けて生きた。
そこを、脳裡のしっかとした場所に保存させて…。


***


ある時…、そう、あれはちょうど二十歳になる直前の夏だった。
母親方の祖父母宅に介護保険の更新書類を親から預かり、取り立ての免許、ゲットしたてのマイ愛車(中古ながら黒のスペード❢)に乗って、コロナ禍な寸暇をかいくぐるタイミングでの顔出しに過ぎなかった。
のだが…!

母方の祖父母宅は東京近郊の千葉県某所であったが、ここは梨畑が多く、夏となれば、アブラゼミの鳴き声(叫び声?)が耳をつんざくセミ惑星だった。

”まったく…‼性懲りもなく今年もガンガン甲高く叫び泣いてるわ!ふん…、たかが、3日で死んじまうのに、何のためにだよ、あいつら!”

トーゼン、ミキオはセミに恨みつらみなど一切含有していなかった。
さらに、不快感も…。

むしろ、子供の頃、おじいちゃんおばおちゃん宅に遊びに来た夏は、アブラセミのジージーの大合唱は、ことミキオに限っては、風物詩、癒しの域にある夏には欠かせぬメンタルアイテムといっても過言ではなかったのだ。

それなのに…!

ミキオは彼ら(?)を踏みつけ続けた…。
子供の頃、林を背にした幹線道路沿いのバス停で、バス待ちの間、息を吸うように地上に落下したアブラセミをペタン、ペタンと、こまめに潰す…(実際は平たんに押しつぶす?)。

中には、まだ息が絶えなていなかった蝉も、それを半ば承知で踏みつけた。
思いっきり。
でも、それは明らかに、昆虫の命を奪う行為に他ならなかった。

そう…、決まってそんな息あるセミは踏みつけた瞬間、あくまでブチュッではなく、ギューといった音感を発し、6本の手足をけいれんさせながらペタンコになって絶命した。

だが…、それはミキオ少年にとって、ちっぽけな日常のほんの一コマに過ぎない。
いや、それは、そういうことだと彼自身が己に言い聞かせた日常逃避だったのかも…。

そのことを、20を目前にした祖父母宅訪問時に自門自答させられる出来事と、ミキオは遭遇する!