でも子供はいつまでも小さくない。
いつの日か姉が県内でも遠いところに就職し家を出た。
兄も就職や友人達との付き合いで家でご飯を食べなくなった。
家族3人になってからボウルはだいぶ小さくなった。
我が家でいちばん大きい耐熱ガラスからそれよりも一回りも二回りも小さいステンレスボウルになった。
担当は父だけじゃなく私の担当になる時もあった。
金属アレルギーなのにメッキのスプーンを持ち、「痒い痒い」「疲れた疲れた」等と零しながら作るのもこの当時は楽しかった。
でも寂しさも感じていた。
家族で食べるご飯は楽しい。
皆で分け合うのって凄く楽しかった。
そのうち納豆は余るようになった。
6パックを3パックに変更しても、だ。
納豆を買っても余る、賞味期限がどんどん切れる、焦って食べる。
の繰り返しになる事が増え、次第に母は納豆を買わなくなった。
(もしかしたら覚えていないだけで買っていたかもしれないが。)
私が出ていった今はもしかしたら買って個別で食べているかもしれない。
でもあの日々の移ろいが、致し方ないとしても少し寂しかった。
“大人になる”とはこうゆう事なのだろう。
成長して、独り立ちしなくては行けない。
“独り”に慣れなきゃいけないのだ。
でもやっぱり未熟な私では寂しい。
いつまでも家族が、我が家が恋しいのだ。
あぁ、あの納豆が食べたい。
いつの日か姉が県内でも遠いところに就職し家を出た。
兄も就職や友人達との付き合いで家でご飯を食べなくなった。
家族3人になってからボウルはだいぶ小さくなった。
我が家でいちばん大きい耐熱ガラスからそれよりも一回りも二回りも小さいステンレスボウルになった。
担当は父だけじゃなく私の担当になる時もあった。
金属アレルギーなのにメッキのスプーンを持ち、「痒い痒い」「疲れた疲れた」等と零しながら作るのもこの当時は楽しかった。
でも寂しさも感じていた。
家族で食べるご飯は楽しい。
皆で分け合うのって凄く楽しかった。
そのうち納豆は余るようになった。
6パックを3パックに変更しても、だ。
納豆を買っても余る、賞味期限がどんどん切れる、焦って食べる。
の繰り返しになる事が増え、次第に母は納豆を買わなくなった。
(もしかしたら覚えていないだけで買っていたかもしれないが。)
私が出ていった今はもしかしたら買って個別で食べているかもしれない。
でもあの日々の移ろいが、致し方ないとしても少し寂しかった。
“大人になる”とはこうゆう事なのだろう。
成長して、独り立ちしなくては行けない。
“独り”に慣れなきゃいけないのだ。
でもやっぱり未熟な私では寂しい。
いつまでも家族が、我が家が恋しいのだ。
あぁ、あの納豆が食べたい。


