「他に好きな人ができちゃったから……ごめん、別れて」

「……あ、うん」

大学在学中から付き合っていた彼女に何の前触れもなく突然フラれた。
動揺しすぎて反論することもできず、そのまま受け入れてしまった情けない俺、小野航太、二十五歳。
今日も仕事に明け暮れている。

……何でだ。
他に好きな人って、何だよ。
誰だよ。
俺が何したっていうんだよ。

結構後になってふつふつと湧いてくる怒り。
この怒りがすぐに出てくれたら彼女に文句の一つも言えただろうに。

「なっさけねー」

思わず口からついて出る。
寝ても覚めてもその事ばかり考えてしまって女々しいにも程がある。

まあ、何というか、彼女に未練があるというよりは自分の情けなさを反省しまくっているのだが。

「……どうかしたんですか?」

「うおっ! ……びっくりしたー!」

突然背後から声をかけられ飛び退くほど驚いた。
振り向けば怪訝な表情をしたアルバイトの森下リカちゃんが立っていたからだ。
リカちゃんは俺が卒業した大学に通う二十歳。母校が同じだと判明してから俺のことを「先輩」と呼び始めた可愛い後輩。俺も親しみを込めてリカちゃんと呼んでいる。

「小野先輩、すみませんが水泳キャップのMサイズ取っていただけますか?」

「あー、はいはい、これね」

俺は目の前の棚に入っている水泳キャップをリカちゃんに渡す。

「ありがとうございます」

ペコリとお辞儀をした彼女はパタパタと受付へ戻っていく。
真面目だなぁと思いつつその姿を見送った。