先輩が愛してくれた本当のわたし

「あの時に戻りたい。戻ってやり直したい。できないなら忘れたい。忘れてしまいたい」

リカはチューハイに手を伸ばす。
もっと飲んだら忘れられるだろうか。
もっと酔えば忘れられるだろうか。

けれどそれは航太によって止められた。

「リカちゃん、そのへんにしときな。飲み過ぎ」

「ヤケ酒しようって言ったじゃん」

「ははっ、十分、ヤケ酒になってるよ。思い出させちゃってごめんな」

ぎゅっと握られた指先が熱い。
航太は言葉通りリカの手以外には全く触れなかった。
それがなんだかリカにはもどかしく感じてしまう。
そんな風に思うのはなぜだろう。

リカは握られた指を開いて自ら航太の指に絡める。
そんなリカの反応に驚きつつも航太は黙ってそれを受け入れた。

急にしんとした室内に、時計の秒針が刻む音だけが響く。
時刻はいつの間にか十一時をとうに過ぎる頃。

「リカちゃん、そろそろ終電なくなる――」

「――小野先輩だったら私の最悪な過去、忘れさせてくれる?」

指は相変わらず絡まったまま、リカがずいっと航太に詰め寄る。

「ん、どうかな?」

先ほどまで飲んでいたグレープチューハイの甘い香りがふわっと香った。
リカのとろんとした瞳に航太は引き込まれるように近づく。

二人の息づかいが聞こえる。
しっとりとしていて甘く優しい。