「消恋病」
恋をすればするほど記憶が欠落していく奇病。

私は数年前にそう診断された。

私には彼氏がいたらしい。
しかし、彼に関しての記憶が徐々に無くなっていった。
最終的には彼の名前も、顔も、声も何一つ覚えていない。

その事をきっかけに私は病院に行き、自分が「消恋病」だということを知った。

その日から私は恋をしないと決めた。
あまり人と関わらないようにした。

「いっつも屋上で1人でご飯食べてますよね。」

誰かが私に言う。余計なお世話だ。

「友達がいないので…」

「へ〜じゃあ俺が友達になってあげますよ!」

顔を上げるとそこには少し真面目な感じの人が立っていた。メガネが良く似合う人だ。

「やっとこっち見ましたね」

彼は笑いながらそう言う。

「あの……誰ですか?」

そう聞くと彼は寂しそうに笑い答えた。

「神崎裕一。高校2年生です。」

「じゃあ私の1つ下だね」

「知ってますよ」

私は彼とどこかで会ったことがあるのだろうか。どこか懐かしい感じがする。

でも思い出せない。
誰だっけ……?

消恋病と診断されてから私は部活をやめた。

水泳部のマネージャーをやっていたが、彼氏が水泳部にいるらしい。
彼も私に会いたくないだろう。
そう思い部活をやめた。

「中里先輩ってどうして部活辞めたんですか?」

「え……っと」

言葉が詰まる。でもなぜだか神崎君には話していいと思った。

「消恋病って…知ってる?」

「知ってます」

「それが原因。」

「別に続けても良かったんじゃ…?」

「ダメだよ。迷惑かけちゃうかもしれないでしょ?」

「そんなこと……」

神崎君は下を向く。

「俺のせいじゃないですか…」

ボソッと言ったせいで何て言ったのか聞き取れなかったが、彼の表情を見るに聞かない方が良さそうだと思った。昼休みに神崎君と話をするのは楽しかった。

神崎君の友達のことや好きな人の話。
好きな人について話す神崎くんの表情はいつもどこか寂しそうだった。

「神崎君の好きな人って...」

「あぁ、いなくなっちゃいました」

「いなくなる……?」

「そういう表現ですよ」

「なるほど…いいね」

私は何て返せばいいのか分からなかった。

モヤモヤしたまま教室に戻る。
教室はやけにザワザワしている。

そして、やけに視線を感じる。
すると1人の女子が私の方へ来た。

「中里さんって、消恋病って本当なの?」

体が固まった。なんでバレた?言ったことないのに……

「うん……」

とりあえず返事をする。

「やっぱり!!別れた恋人とそんなにすぐ仲良くなれないもんね!」

別れた恋人?
どういうこと?

教室がまたザワザワする。

「別れたって……?」

「あ」

その女子は、焦ったように見えた。

「やっぱり何でもないよ」

そう返し、教室を出てしまった。

「何でもないわけないじゃん……」

最近仲がいいのは……神崎君だけ……
頭が余計にぐるぐるし始める。

明日聞かなきゃ……


次の昼休みに屋上に向かうと、いつものように神崎君がいた。

「神崎君……」

「どうしたんですか?先輩?」

メガネをクイッとあげてこちらを見る。

「いなくなった恋人って…もしかして…私?」

「!?」

驚いた反応を見るに合っているんだろう。

「それならそう言ってくれれば……」

「……」

「待って!!」

彼は無言で走っていった。
あんな表情をした彼を初めて見た。

ズキズキ心臓が痛い。


夜ー

彼が頭から離れない。

「なんで……?」

あんなに傷つけたからだろうか。
まだ心臓が痛い。

彼と関わらなければ良かった……

元恋人の話をする彼を思い出し、また心臓が痛くなる。

「なんで……私でも……」

自分の言った発言に驚く。
「私でも?」もしかしたら……私は……

彼をまた好きになってしまったのかもしれない。

「好きになったらだめ……」

また忘れちゃう。大事な人なのに……



次の日昼休み

彼が私の所に来た。

「昨日は……すみません……」

彼の黒髪が風に揺れる。

「大丈夫だよ」

返す言葉はそれしか見つからなかった。

「だって私が消恋病にならなければ……」

「それは違います!!!」

彼が大声を出す。そんな声出るんだ……と少しポカーンとしてしまった。

「先輩は悪くないです。」

私は首を横に震る。彼は悲しそうな表情を浮かべながら私を見る。

「私が悪いんだよ。……あれ?」

前まですらっと言えていた彼の名前が出てこない。

「あ…その……とりあえず、全部私が悪いんだよ!」

彼は驚いた表情を浮かべ私の両肩を掴む。

「先輩?もしかして……俺の名前……」

「ご、ごめん…名前何だっけ?」

彼の手は震えている。

「そんな……」

「ごめんね……」

彼を見つめる。
メガネで光が反射し、表情はよく分からないが、口元が震えていた。

「私ね……君のこと忘れたくないの……」

「……っ!」

「でも…忘れちゃうの…」

彼の目から涙があふれる。

「神崎裕一です。」

泣きながらそう言われた。

「神崎君…ごめんね……神崎君」

神崎君は私を抱きしめた。

「忘れても絶対に思い出させますから……」

「うん……ありがとう。神崎君」

神崎君の背中をさする。

「明日には全部忘れてるかもだけど……大好きだよ。神崎君」

「俺も好きです…さよなら。せんぱい。」

「さよなら。神崎君」

強くお互いを抱きしめる。
私だって神崎君を忘れたくない。



最近、屋上でお弁当を食べているとやけに話しかけてくる人がいる。

真面目そうな感じの人だ。かけているメガネが良く似合う。

「いっつも1人でご飯食べてますよね?友達いないんですか?」

「余計なお世話です!あなたこそ友達いないんじゃないですか?」

「そんなことはないですけど…」

「……」

無言で彼を睨みつける。

「じゃあ俺が友達になってあげますよ!!!」

「…じゃあよろしくお願いします?」

「よろしくお願いしますね!先輩!」