「乃愛」

「はーい?」

「あんた絶対許さないから」

バスに乗った瞬間、三時間こらえていた怒りを静かにぶつけた。乃愛の肩に平手打ちをお見舞いする。

「ごめんって。だって男の子だって言ったらチナ絶対来てくれなかったじゃん」

やっぱりわざとだったのか。

「でも嘘はついてないよ。あたしは『他校の友達』って言っただけだもん」

確かにそうなんだけど。あたしが勝手に女の子だと思ってちゃんと確認しなかっただけなんだけど。

あっさり騙されたことが悔しくて、もう一発さっきよりも力を込めて平手打ちをお見舞いすると、乃愛は「だからごめんってー」と両手を顔の前で合わせた。

「男の子だったのもそうだけど、なんでナンパ男なんかと遊ぶ約束してんの。あんた彼氏いるでしょっ」

「あたしだって最初ナンパされた時は彼氏いるから無理ってちゃんと断ったんだよ。でもしつこくて、しょうがなくLINE教えただけ。……まあ正直、健吾くんすっごいタイプなんだけどね」

首をかしげてにこっと笑う。その笑顔と仕草はとんでもなく可愛いけれど、なんとなくもやもやしてしまう。

彼氏がいるのにナンパしてきた男の子に連絡先を教えるなんて、たとえふたりきりじゃなくてもこうして遊んだりするなんて、乃愛らしくないような気がする。

いくらしつこくされても、乃愛なら余裕で一蹴できるはずなのに。

「軽いって思ってる? 嫌い?」

「嫌いなわけないでしょ。でもなんか……どうしたのかな、とは思うよ」

ちょうど去年の今頃、乃愛は初めての失恋を経験してものすごく落ち込んでいた。それを見て、あたしもちゃんと恋をしたいと思えた。

……すぐに終わっちゃったけど。