「じゃあタメだね。大人っぽいね」
にこにこ、にこにこ。警戒心を剥き出しにしているあたしのことなんてまったく気にしてもいない様子で、ただにこにこしている。
乃愛と健吾くんは歌う曲が決まったらしく、次々と曲を入れていく。静かな部屋に大音量で音楽が流れ始めると、童顔茶髪ピアスくんはあたしとの距離を詰めた。
逃げたいのに、端っこに座ってしまったせいでこれ以上離れられない。
「健吾さ、あの子、乃愛ちゃん? にひと目惚れしたらしくてさ。誘っても『彼氏いるからふたりは無理』って断られるんだって。だから俺はただの付き添い。ひどくない?」
「……そうですか」
「でも普通に仲いいじゃん。最初からふたりで遊べばよかったのにね」
ナンパされて連絡先を教えて、こうして遊んで。それだけでも正直どうかと思うけれど、ちゃんと彼氏がいることは言ってるんだ。
ふたりきりでは会わないっていうのは乃愛なりの最低限の境界線だったのかもしれない。
なんとなく、少しだけほっとした。
「名前なんていうの?」
「……チナ……です」
つ、まで言いかけて止めた。なんとなく本名を言いたくない。
いや、別に偽名でもなんでもないし『チナ』も本名といえば本名なのだけど。なんとなく。
「チナちゃんね。俺、宗司。チナちゃんって彼氏いるの?」
なんだそれ。なんで急にそんな話になるんだ。
今一番訊かれたくないことなのに。
「あ、いる? いるよね、可愛いもんね。ごめんね」
いないけど。いないって答えればいいんだけど。