「ああ……なんか複雑らしいよ。ちらっと聞いただけだけど。とりあえず今は親父とふたりで住んでるって。その話の流れで女が苦手って聞いて……あれ、俺しゃべり過ぎか……」
そんなの全然知らなかった。
椎名と話す内容なんて、あの授業が嫌いだとか、次の体育はバスケだから嬉しいとか、本当に他愛のないことばかりだった。
あたし、椎名のことなにも知らないんだ。
椎名があたしと友哉のことを知らないのも納得した。
別れ方が別れ方だったからか、たぶん仲間内であたしと友哉のことは禁句みたいになっている。
二年に上がってから友達として仲良くなったのもそうだし、あたしが椎名と付き合い始めたから、余計にみんな口に出さなくなったのだと思う。
あたしもあたしで、椎名と付き合う時そんなに深くは考えなかった。
当然知っているものだと思っていたし、椎名自身それに関してなにも言ってこないということは、気にしていないんだろうなって。
そんな都合のいい時だけあたしの頭は楽天的になる。
「とりあえず……言わないほうがいいよね。別に今さら言うことでもないし。余計な波風立てないほうがいいよ」
あたしと友哉を交互に見ながら乃愛が言う。
「……まあ、そうだよな。今さらわざわざ言うのもおかしいしな」
本当にいいのかな。
あたしがちゃんと「初めてじゃない」と正直に言えばよかったんじゃないか。この先バレない保証はないし、バレたら友哉にも迷惑がかかるんじゃないか。
好きな人に隠し事をするっていうのは――嘘をついているっていうのは、ものすごく落ち着かない。
けれどあたしは、今さら嘘だったなんて言えなくて、正直に言うよりも隠し事をするほうを選んだ。