「乃愛ー」

「んー?」

「乃愛ちゃーん」

「んー?」

「……椎名に会いたい」

「聞き飽きた」

八月。来るな来るなと念じていた夏休みは無情にも容赦なくやってきて、あたしと椎名の距離をさらに引き離したのだった。

あたしは例のごとく自室のベッドでうなだれていた。

付き合ってからも進展らしい進展なんか微量たりともなく、椎名という人間のデータに追加されたことといえば、意外とよく笑う。運動神経がいい。勉強が苦手。それくらい。

帰る方向も違うし、遊ぶ時はみんなもいたし、付き合ってから二ヶ月間、ふたりきりになることすら一度もなかった。

「てゆーか、こないだ会ったじゃん。どうせ公園行けばいるんだからまた行けばいいじゃん」

そう、夏休みに入ってからも何度か会ってはいる。

「だって友哉たちもいるじゃん」

「じゃあふたりで遊ぼうって言えばいいじゃん」

「だってみんなにバレるじゃん。チナが椎名とふたりで遊びたがってるーって」

「……チナめんどくさい。誰もそんなこと言わないから」

寝起きの格好のまま座椅子で漫画を読んでいた乃愛が、ふう、と息を吐いた。

「だって毎日学校で会ってるし、土日は公園行けば会えるし」

「え? 椎名が言ってたの? それ」

「違うよ。友哉と付き合ってた時のチナの台詞。友哉の気持ちがわかったか」

そういえばそんなこと言ったっけ。

あの頃はまさか自分がこんな風になるなんて思わなかった。恋をすると毎日会いたくなるらしい。

「公園行く? ついていってあげるよ」

会いたい。椎名に会いたい。でも。

「……いい。会ったってどうせあんまり話せないもん」

椎名はみんなといる時、あまりあたしに話しかけてこない。あたしもあたしで恥ずかしくて話しかけられない。

せっかく会えたのにって余計に寂しくなるのは目に見えてる。だからこそふたりで会おうと誘う勇気なんてあたしにはなかった。

そんなあたしたちにやっと進展らしい進展があったのは、夏休みも終盤に差し掛かった日のことだった。