歩き出した悠聖の、付き合っていた頃は当たり前に差し出されていた左手は、ポケットに入ったままだった。今はそれが当たり前なのだと思うと、素直に寂しかった。

行き場がなく手持ち無沙汰になってしまったあたしの両手は、ショルダーバッグのストラップをぎゅっと握り締めていた。

東京タワーの展望台に向かった。建物や街灯にぽつぽつと明かりが灯り始めている。

悠聖はホットコーヒーとホットココアを買ってくれて、ベンチに座って待っていたあたしに差し出した。まだ時間が早いからなのか、思っていたより人は少なかった。

その光景が、ふいに、悠聖との始まりの日と重なった。

あの日もこうして──こんな都会の夜景とは比べ物にならないのだけど──人がまばらな展望台から夜景を眺めて、たくさんたくさん話をした。

深く考えていたわけじゃないにしろ、待ち合わせ場所をここにしたのは正解だったかもしれない。

夜景の規模が全然違うのはわかってる。

けれどあの日みたいに、隣に並んで一緒に夜景を眺めていると、あたしの中にある小さな勇気が膨らんでいく気がした。

「悠聖、あの……久しぶりだね」

「うん」

「その……急に電話したりしてごめんね。来てくれてありがとう」

「チィ、それ全部二回目だよ」

こっちを向いて可笑しそうに笑う。

わかってはいるのだけど、頭が混乱してなにから話せばいいのかわからない。

いつもいつも、大切なことは悠聖から切り出してくれていたのだと改めて気づいた。

「えっと、……元気だった?」

「元気だよ」

「仕事、どう?」

「大変だけど、なんとかやってるよ。チィは? 幼稚園の先生になれそう?」