「だって彼女いるって言ったら絶対うち来なかったじゃん。歩いてでも帰ろうとするんじゃないかなと思って」
そうだ、宗司くんってこういう人だった。
彼女がいることを知らなかったと言い訳できなかったのは、これもまた理由のひとつだった。
宗司くんが嘘をついている可能性くらい、少し考えたらわかったはず。
なのにあたしは、あの寒空の下を歩く気力がなくて、あまり考えないようにしていた気がする。
つまりあたしにもじゅうぶん非があるわけだ。
「……ていうか、浮気しといて逆ギレって、最低だよ」
「別に浮気はしてなくない? 未遂だったし」
「他の女を家に泊めるなんて、浮気って思われても仕方ないと思う。……あたしが言うなって感じだけど」
「チナちゃんはほんとに知らなかったんだから悪くないって。俺にだけ怒ってくるならちゃんと謝ったよ。向こうも勝手なことしたんだからおあいこ」
全然おあいこじゃないと思う。
宗司くんはなんてことなさそうに笑って、テーブルの端に立てかけてあるメニュー表を手に取った。
それを数秒間見てからあたしにも差し出されたけれど、今はゆっくりお茶をする気分にはなれない。
あたしが受け取ろうとしないメニュー表を元の位置に戻す。
宗司くんも注文するのをやめたのか、椅子から立ち上がった。
「帰ろっか。送るよ」
「……いい。ひとりで帰れるから」
「そういうのいいって。今はほんとに彼女いないんだから、別にいいでしょ」
今目の前で見てたでしょ、と笑う。
意地でもひとりで帰るところかもしれないけれど、宗司くんはきっと、あたしがなにを言っても言い返してくる。
小さく頷いて立ち上がり、宗司くんのあとについていった。
なにも注文しなかったあたしたちを見て、店員さんは少しだけ嫌な顔をしてから、「ありがとうございました」と満面の笑みを向けた。