「ありえないよそんなの。ひと目惚れなんてされるわけないし、それにあたしだって椎名のことなんとも思ってないし。この話終わり」
「別にいいじゃん。付き合っちゃえば?」
終わらせる気がないらしい乃愛は、冷やかし方のお手本みたいに、にやにやしながら肘で突いてきた。
こいつ絶対楽しんでる。
「なに話してんの?」
「わっ」
いつの間にか背後にご本人登場。今度は話題が話題だけに全身からぶわっと汗が噴き出した。
「いつからいた⁉」
「なにそんな焦ってんの?」
「どこから聞いてた⁉」
左側からくすくすと笑い声が聞こえる。今この瞬間、乃愛は楽しんでいるだけということが確定した。
ちくしょう、あとで絶対殴る。
「なにも聞いてねえよ。たった今来たんだから」
椎名は学ランからジャージに着替えている。
そういえば午後は体育の授業で、椎名は体育係だ。準備のためにひと足先に体育館へ行くところらしい。
よかった……。聞かれてたら恥ずかしくて死ぬ。自惚れんなって思われたらどうすればいいの。
「聞かれたら困る話してたの?」
癖なのかな。
椎名は話す時あまり目を合わせてくれなくて、前髪を指に絡めて遊んでいる。
話をする気があるのかないのかわからない。
「……別に困んないけど」
そうだよ、別に困らない。乃愛が勝手に勘違いしているだけで、あたしは否定したし、決して自惚れているわけじゃない。
自惚れているわけじゃ――