「……そう、だったんだ」

「就活ん時も、あいつすげえ悩んでたよ。あいつの親父さん社長だろ?」

「……うん」

「親父さんの会社ってさ、親父さんがつくったんだよ。だからとりあえずは、できれば息子に継いでほしいって言われて、兄貴が継ぐことになったんだ」

「……うん。それは聞いてた」

「あいつ自身も別の業界で興味ある仕事あったし、兄貴が継ぐならいいやって思ってたらしいんだけど……本当は親父さんは兄弟で協力し合ってほしいんじゃねえか、兄貴に全部押し付けてるみたいになるんじゃねえかって……万が一兄貴になんかあった時に助けられんの自分しかいねえなって、考えるようになったらしくて。とりあえず勉強も兼ねてバイトしてたんだよ」

やりたい仕事があったなんて、そんなの聞いたことない。そんなことを考えてたなんて知らない。

就職どうするのって、やりたいこととかあるのって訊いても、「どうだろうな」って笑うだけだった。

お父さんの会社でバイトしてるのだって、他のバイトするより割がいいからだって言ってたのに。ただの手伝いだって言ってたのに。

「で、ずっとバイトしながら親父さんとか兄貴の仕事見てるうちに、やりたいこと諦めて親父さんの会社入ることに決めたんだ。先のこと考えたらいろんなもん見て吸収したほうがいいし、最初っから親の会社入ったら一生親に甘えることになるからって、しばらくは同業のでかい会社で勉強するっつって、今の会社受けた」

悠聖は優しい。それはあたしに対してだけじゃなかったんだ。

どうしてそんな当たり前なことに気づけなかったんだろう。

あたしなに浮かれてたんだろう。

「だから、お前もわかってると思うけど……あいつは簡単に決めたわけじゃない。……そんだけ」

俺が言ったこと、悠聖には絶対言うなよ。

そう言った春斗は、部屋から静かに出ていった。