あたしが出そうとすると、「今日はいいから今度おごって」って言われる。その「今度」にあたしが出そうとしても拒否される。
あたしが奢ったのなんてジュース代とか、たまにカラオケとか。
ほんと、優しい。
熱いお湯と窓から入ってくる冷たい風が中和して心地いい。それに、いつもよりずっと距離が近い気がする。
一緒にお風呂に入るのが夢だと言った悠聖の気持ちがなんとなくわかった。
「悠聖」
「ん?」
「あたしね、悠聖に『チィ』って呼ばれるの好き」
「なんで?」
こんな唐突な話にも驚かず、優しく笑って続きを促してくれる。
「昔からずーっと『チナ』って呼ばれてるから、『チィ』って呼ぶの悠聖だけなの」
「そうなんだ。そーいや『千夏』って呼ぶ奴もいねーよな。いつからそのあだ名で呼ばれてんの?」
「子供の頃からずっとだよ。ちっちゃい時はね、家族は『千夏』って呼んでたらしいんだけど、あたしが『つ』が言えなくて、自分で『チナ』って言ってたから、みんなつられたんだって」
「はは。可愛いな」
「だからね、『チィ』って呼ばれたら特別な感じがするの」
悠聖だけが呼んでくれる特別なあだ名。
でも、もしこの先あたしのことを『チィ』と呼ぶ人が現れたとしても、悠聖が呼ぶ『チィ』とは違う気がする。
「……『チィ』って呼ばれる度に、〝好き〟って言われてるみたい」
ずっとそう思ってた。
いつもならこんなこと恥ずかしくて絶対に言えないけど――少しのぼせてるのかな。
窓の外に広がっているイルミネーションに酔ってるのかな。
悠聖の目を見て、自然とその台詞が出てきた。
いったいどこまで好きになれるんだろう。