記憶を、なぞる。【完】




「な、なんで、」

 
なんでここにいるんですか?

起きて早々頭のなかがこんがらがってパニック状態で、質問すらままならない。あたふたしてしまう。


「おでこ、痛かった?」

「…お、おでこ?」

「そう、おでこ」


そんなわたしの目の前にいる彼は冷静で、自分のおでこに手を当てながら首を傾げている。
なんでおでこ…?

でも、やっぱりかっこいいな、この人。

どうやらわたしは、じょうずに質問はできないくせに、彼にときめく余裕だけは持ち合わせているらしい。


「痛かったような、痛くなかったような…って、あれ…?」


ときめきつつ、彼を真似て自分のおでこに手を当てて摩ってみる。と、あることを思い出す。


そういえば、わたしおでこに激痛が走って、びっくりして起きたんだっけ?それになんか知らない人の声が聞こえてきたような気も、する。


…もしかして、このひとが?起こしてくれたの?


伏せていた瞳を持ち上げて彼を見たタイミングで、電車が大きな音を立てて停車した。

意識をそちらに奪われ、プシューと開いた扉のほうを向くと、ぞろぞろとたくさんの人が降りてゆき、冷たい新鮮な空気がわたしの頬を撫ではじめる。


「降りなくていーの?」

「えっ、あ、降ります…!」


再び落ちてきた声にハッとして立ち上がれば、こちらを見下ろす少し冷たげな瞳が緩まった。そして、


「行ってらっしゃい」

「…い、行ってきます」


わたしの鼓膜を心地よく揺らすんだから、惹かれないわけがなかった。