記憶を、なぞる。【完】




「お前が嫌じゃなかったら、だけど」


気を抜けば、勝手に緩んでしまいそうな頬を引き締めて問いかけると、詩乃が首のあたりを擦りながら呟いた。


「ぜんっぜん嫌じゃないけど…、わたしの家ここからちょっと遠いよ?」

「別にそれはどうでもいい」



全然嫌…というか、むしろ嬉しい。

喜んでいる気持ち8割と、申し訳ないという気持ち2割を胸のなかに隠して首を傾げていると、ぴしゃりと詩乃が言うからお言葉に甘えることにした。

嬉しいあまり、にやにやがだんだん抑えきれなくなってきて、


「ほんとに?」

「うん」

「ほんとのほんとに、いいの?」

「…うん」

「後悔しない?」

「後悔しない?ってなんだよ」



顔を覗き込んで聞くわたしに、クスッと詩乃が小さく笑った。



嬉しい。ほんとに、嬉しい。
まだ一緒にいられるんだ。そんな気持ちを込めて、


「じゃあ、送ってほしい。ありがとう詩乃」


満面の笑みを向けると、詩乃は一瞬驚いたように停止して、それからすぐにそっぽを向いてしまった。


「…あれ?詩乃?どうしたの?」

「別になんでもない。寒いから早く行こうぜ」

「うん。あ、ちょっと待って。歩くのはやくない?」

「のろのろしてると置いていくからな」

「ええ、それは困るんだけど…っ」



不思議になって聞いたけれど、詩乃は答えてくれなくて、容赦なく置いていかれそうになったので慌てて背中を追いかけた。