目の前に示された現実に理解が及ばず、私は顔を歪めていた。
 それを心象を損ねたと取ったのか、オルトは慌てた様子で弁明を始めた。

「あ……いや……ミザリーが心配で、飛んできただけなんだ……すぐ出ていくよ」
「いいのですよ。オルト様。私のことを心配してくださるなんて光栄ですわ」

 私の放った言葉に、オルトは目を見開いた。
 まるで今聞こえた内容に、何か聞き間違いをしたのではないか、と言った顔だ。

「おお……そうか。それは良かった。邪魔したな。また近いうちに」

 オルトは狐に化かされたような面持ちで、元来た扉へを歩いていく。
 その後ろ姿を眺めながら、私は自分の記憶を整理する。

「私はミザリー。彼はオルト。そしてこの世界はイストワール……信じられないけど、それは事実よね……」

 落ち着いてみると、私の記憶の中にミザリーの記憶が浮かんでくる。
 さっきのメイドも知っている気がするんじゃなく、知っていたんだ。
 ミザリーに仕えている大勢いるうちの一人で、名前が分からないけれど。

「それにしても……よりによってミザリーになるなんて……」

 ゲームの中のミザリーは、次期王を決めるための婚約者として重要な役目を担っていた。
 公爵令嬢という地位の他に、このゲームの世界で重要な意味を持つ、星に選ばれた女性というのが大きな理由。
 そのため王を目指す七人の王子たちは、みなミザリーに取り込もうとあの手この手を尽くす。

 しかし、当のミザリーはその優位性と生まれ持った傲慢さ、そして嗜虐性から王子たちにトラウマとも言うべき感情を植え付けている。
 そこに現れた庶民のヒロインが、王子たちのトラウマを癒していきやがて結ばれる、というのがゲームの内容なのだけど。

「おそらく今はゲームの初め、ヒロインがミザリーとぶつかるシーンの直後よね」

 手を顎に当てて考える。
 何十回クリアしたか分からないゲームの内容を思い浮かべてみた。

「これから学園生活が始まるのよね……期間は三年間。ヒロイン側の知識しかないけど」

 ゲームの展開通りならば、貴族のみが通う学園の入学式が、ゲームの始まり。
 庶民であるヒロインも学園に入学するけれど、星の守護を受けた者のみに与えられた特例という設定だった。
 ヒロインはその学園生活中に七人の星の守護を持つ王子たちとイベントをこなす。

 特定の王子と仲を深めていくのと、婚約者としての地位を高めていくのがゲーム攻略の鍵。
 この手のゲームにありがちなマルチエンディングだけど。
 ヒロインがどのルートを通っても、ミザリーは自分のそれまでの行いから、攻略対象もしくは民衆の手によって処刑される結果しかなかった。

「つまり、ゲーム通りなら私の寿命はあと三年……って、嘘でしょー!?」