遠くの方で聞こえていた声が、どんどん近づいて聞こえてきた。
「詩織、目を開けろ…聞こえてるか?」その声に導かれるように目を開けると額に汗をかいてる亘くんの姿が目に入ってきた。
「亘くん……私……」

「気づいたか?気持ち悪かったりしてない?」
「うん…大丈夫」
「色々あって疲れただろう?もう少し休むか?」
「亘くん…私…1人なんだよね…」
「詩織は1人じゃない、俺がいる。だから俺の所に来い」
「亘くん…迷惑じゃないの?」
「詩織が1人でいる方が心配だから」
「ありがとう」

それから亘くんと色々話して亘くんの所にお世話になることになった。思い出の詰まった家を後にするのは辛いけど、仕方がないと諦めた。家族の荷物整理はなかなか進まず、仕方がないので必要のないもの以外はトランクルームに預けてこれから少しずつ片付けることにした。
 
亘くんの家に初めてきた時、モデルルームかと思ったくらい、生活感がなかった。家なんて寝に帰るだけだから、詩織の好きなもの置いて、飾ったらいいよと言ってくれた。亘くんの家は3LDKで無駄に広かった。その1つの部屋を私の部屋にしてくれた。亘くんの家で生活を始めると同時に仕事も開始することにした。

「おはようございます」
「詩織ちゃんおはよう。今日もよろしくね」
「はい」私は、お姉ちゃんと一緒に働くはずだった〝小鳥遊(たかなし)総合病院〟の小児科に勤務し始めた。
入ってから知ったことだけど、亘くんはここの医師だった。

「ねえねえ詩織ちゃん知ってる?昨日、高橋先生、安斎先生を食事に誘おうとして断られたって。玉砕なのに諦めないよねーあの先生も…」
「そうなんですね」?昨日は家で晩ごはん食べたよ?なんて思っていたら…
「安斎先生は諦められない人がいるって…誰なんだろうね?」
「諦められない…」

「やっぱり香織さんかな?同級生って言ってたし、仲良さそうだったじゃん……っあ…ごめん詩織ちゃん」
「いえ…大丈夫です。お先に失礼します」

お姉ちゃんと亘くんって付き合ってたのかな?お姉ちゃんがいなくなったから、私を代わりにしてるのかな?だから心配してくれたり、家に置いてくれてるのかも…そっか…そうだよね。そうじゃなきゃ私みたいな子、ただの幼馴染だけで置いてくれるわけないか…妙に納得してしまった。

「ただいま」誰もいない部屋に帰る。手を洗って、3人の仏壇に手を合わせる…どうして連れてってくれなかったの?そんな言葉とともに涙がこぼれ落ちた。

「ただいま。なんかあったか?」頭の上に手を乗せて亘くんが帰ってきた。

「なんでもない…ご飯食べる?何か作るからシャワー浴びたら?」なんとか笑顔を作り台所に向かった。今日は簡単に親子丼にしようと鶏肉を切ってフライパンで焼く、その間に玉ねぎを切って一緒に炒めたら、出汁と醤油、砂糖で味をつけ、少し煮てる間に豆腐とわかめの味噌汁を作り、親子丼は卵を回しかけ三つ葉を散らして完成。買ってきた漬物も一緒に出した。
シャワーを浴びて戻ってきた亘くんが「美味そうだな」そう言って席に座った。
「親子丼、いいよなーいただきます」そう言って食べ始めた姿を見て、そういえば親子丼ってお姉ちゃんの得意料理の1つだと思い出した。
「ねえ…亘くんって、お姉ちゃんの料理、食べたことあるの?」思わず聞いてしまった。
「香織の?昔あったかな?覚えてないけど…」
「そうなんだ…」
「何かあった?」
「なんでもない。親子丼、お姉ちゃんの得意料理で私、お姉ちゃんから料理教わったから味、一緒かな?って思っただけだから」なんとか誤魔化して急いでご飯を食べた。
「ごちそうさま。ちょっとやりたい事あるから食べたら流しに置いといて」そう言って部屋に戻った。なんだか胸が苦しくて、これから先、亘くんの顔をちゃんと見れない気がした。