「詩織ちゃん?詩織ちゃん大丈夫?」
「あっはい。すみません大丈夫です」そう言葉にしたものの私の頭はパニックだった。高林先生の亘先輩のことが気になって、どうやって帰ってきたのかわからなかった。

「詩織ちゃん、ちょっと話しようか?」望夢を寝かせてると沙代子さんが声をかけてくれた。
「はい」

「のぞくん寝ちゃったね。いっぱい遊んで、いっぱい食べたもんね」
「はい。楽しかったみたいです」
「ちょっと聞いてもいい?大河が言ってた亘先輩?だっけ?詩織ちゃんは知ってる人なのよね?」

「私の知ってる人と一緒なのかは分かりませんが…」

「もしかして望夢のお父さんかしら?」

「えっ?」

「ごめんね。詮索するような真似して…でも詩織ちゃん後悔してるような気がして…私とは違うんだから…会えるならー」

「会えません。もう二度と会えないように、ここに来たんです。向こうが会いたいと思うなら探せたと思うのに、探しにも来てない、それが答えだと思うんです」

「詩織ちゃん、きっと事情があったのかも知れないわよ。もしこれから先、会いにきたらどうするの?望夢には会わせないつもりなの?」

「それは…」

「詩織ちゃん私の話を聞いてくれる?」そう言った沙代子さんの顔はとても辛そうに見えた。

「詩織ちゃんには私が絢をシングルで産んだ理由、話してなかったわね」
そう言って、沙代子さんは話始めた。

絢さんのお父さんは沙代子さんの5歳年上の医療機器メーカーに勤めていた人だった。結婚しようと約束していた矢先、絢さんがお腹に宿っているのがわかって喜んで2人は籍を入れた。
ご主人は念のため人間ドックを受けたところ、膵臓がんが見つかった。リスクを承知で手術を受けようと思ったが、結果的には手術ができないほど進行していた。抗がん剤をしても余命1年と宣告されたが、お腹の赤ちゃんに会いたいと希望を持って治療をしていたそうだ。でも絢さんが産まれる1ヶ月前に亡くなってしまった…と。

ご主人は施設で育ったので親がいなかった。沙代子さんの親と、たまに大河さんのお母さんのお姉さんが手伝ってくれて、ご主人の分まで絢さんを育てた。でも保育園や学校で他の子のお父さんを見ると寂しそうな顔をしていた絢さんの顔が忘れられないと…

まさか、沙代子さんが、そんなに辛い経験をしてるなんて思ってもみなかった…信じられなかった。いつも明るくて、こんな私のために家を貸してくれて今、望夢を安心して産んで育てられてるのは沙代子さんと、あやちゃんがいてくれたおかげだ。

「詩織ちゃん、いつかでいいから、もし望夢がお父さんに会いたいって言ったら会わせてあげてほしいの。お願いね」
私は…返事ができなかった…
私も会えることなら亘くんに会いたい…でも今は…