電話で愛してると言われた次の日、私は美華さんに会った。
「まだ決心つかないの?」
「いえ…亘くんには内緒で家を出ようと思っています」
「あら。やっと?本当に?」
「はい…なのでこれ以上は…」
「約束したんだから当たり前じゃない約束は守るわ。だからあなたも嘘は付かないでね」

泣きたくなるほど辛い決断だった…神さまはどれだけ私に試練を与えたら気が済むのか…どうして私だけ?神さまなんていないじゃない!と恨む気持ちが逆に私を強くしてくれた。

それからすぐ美華さんから連絡があって、「ちょうど2週間後に学会があるってパパから連絡もらったわ。1週間は帰ってこないようにするから。あと退職もこちらでするわ。退職の書類はすぐに準備させるから」と亘くんは学会の準備で忙しかったのにも関わらず私に会いに来てくれた。
「ごめん詩織、急な学会で1週間は帰れなさそうだし、学会の準備で病院に寝泊まりしそう…帰ってきたら、これからのこと話しような」

その日は2人でいっぱい愛し合った。これが最後だと思うと涙が溢れた。
「詩織、辛かった?久しぶりでがっつきすぎた?でも詩織不足だったから…ごめん」
「幸せで…亘くんにこうしてもらうの幸せだから…」と嘘をついた。
亘くんが病院に戻るのを見送った。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「行ってくる。詩織、愛してるよ」
「私も愛してる」

それが2人の最後の会話だった…


早々と荷物もまとめた。元々、家族のものと一緒にトランクルームに預けておいた荷物がほとんどだったので、さほど時間はかからなかった。美華さんの言ってた通り退職の書類はすぐに持ってきてくれ、しかも病院都合…となっていた。自己退社じゃないんだ…しかもまだ数ヶ月しか働いていない私にはありえないほどの退職金が入金されていた…

慣れない土地に行くのは仕方ない…どこにしようかと悩んだ結果、私は…お父さんとお母さんが行くはずだった札幌の地を選んだ。なんとなくその場所が思い浮かんだ。看護師としての経験が少なくても需要はあってすぐに寮が完備された病院に就職する事ができた。

毎日、毎日、仕事をして寮に帰る。その繰り返し…
亘くんはもう私の事を知ったかな?ちゃんとご飯食べてる?毎日、亘くんの事しか考えずに生活していた。亘くんに会いたいけど、もう二度と会えないと思うと胸が張り裂けそうに痛んだ。夢も希望もない。ただ生活の為に働いている毎日だった…

〝今までありがとうございました。亘くんに愛してもらえて幸せでした。亘くん元気でね。ご活躍をお祈りしています〟 

その一文を書いてスマホと鍵を置いてきた。