部屋の前に到着すると、わたしは一度大きく深呼吸をした。
「ただいま戻りました」
 ドアを開けて声をかけてみたけれど、今日も中からは物音ひとつしない。
 誰もいないみたいなしんと静まり返った空間に、思わず物怖じしそうになりながらも、わたしはゆっくりと奥まで進んでいった。

 荷物を勉強机の脇に置くと、由井くんのロフトの方を見上げる。
「由井くん。来年は、わたしも普通科に行きます」
 わたしがそう声をかけると、由井くんがロフトから姿を現し、階段の一番上に立ったままこちらを見下ろした。
「俺が、問題を起こしたせいか?」
「ちがうよ。本当は昨日、昼休みが終わったときに由井くんに伝えようと思ってたの。だけど、会えなくて……それで、言えなかっただけ。だから、由井くんのせいなんかじゃなく、これはわたしの意思なの」
「なんでだよ! だっておまえは……」
「一攫千金? そんなの、本当はどうでもよかったの。だって、わたしがこの学園に来たのは、創作のネタ集めのためでしかなかったから」

 こんなの聞いたら、幻滅しちゃうよね。
 でも、ちゃんと本当のことを全部言うって決めたから。

「だけど、本当のことなんか言えないから。由井くんに『水瀬も一攫千金狙い?』って聞かれたときに、ああ、由井くんは一攫千金狙いで来たんだ。だったら話を合わせといた方がいいかなって。それで、そう答えたの」
「なんだよ、それ」
 由井くんが、ため息とともに言葉を吐いた。