二階の部屋に戻ってきた楓は、机に向かうと頭を抱えて俯いた。
「……ほんっと、何やってんだ……」
焦らないように、焦らないように…
ちゃんと千夜に男として認められるようになりたくて、
少しずつ、少しずつ……
準備をしてから、
ちゃんと言いたかった言葉。
我慢していた今までが、全部消えて無くなる。
千夜が俺から離れていくなんて、あり得ないと思っていた。
一緒に居るのが当たり前で、勝手に千夜も俺の事を好きなんだろうと、
思い上がっていた。
ーあたし……楓の事、そー言う風に見たこと……ない……ー
目の前の課題が波打つのを堪えきれずに、瞬きをした瞬間、大粒の涙がプリントの問題を滲ませた。
「……っ……ん……」
声にならない声で、楓は静かに泣いていた。
外はすっかり雨が上がり、傾いた太陽に照らされて綺麗な虹が架かっていた。
ーーーー
夕飯の時に現れた楓は、いつもの楓だった。
他愛もない話をママとして、あたしもそれに自然と入っていつもの様に笑っていた。
あたしだけがこんなモヤモヤした気持ちになっているのだろうか?
いつだってそう。
楓は平気な顔をして何でもこなしてしまう。
だから、心配になったりもした。
あたしは……どうしてあげたら良いんだろう。
「なんだよ、怖い顔して。じゃあまた明日な」
「……え、うん、また明日」
いつも通り笑顔で手を振って帰って行く楓に、あたしはため息をついた。
☆
次の日の朝も、楓は準備に手間取るあたしの事を待っていてくれて、電車に乗り、学校の前の駅で降りるとすぐに、あの騒がしい声が聞こえてきた。
「おぉ! 今日は揃ってんな。おはよう、楓……と、千夜」
明らかにあたしはオマケね。
「おぅ、おはよう、圭次」
いつものように挨拶をする楓に、圭次は不服な様子であたしと楓を交互に見た。
「なんか違う」
そう言って考え込む圭次を、楓は笑いながら連れて行く。
あたしは2人と別れて教室に入ると、すぐに沙良ちゃんが声をかけてくれた。
「おはよう、千夜ちゃん。今日は楓くんと来たんだね。話出来たの?」
嬉しそうに沙良ちゃんがそう言って近づいてくるから、あたしは戸惑ってしまう。
「その事なんだけど……」
あたしが話そうとした瞬間に、担任が入ってくる。
席に着くと「お昼休みね」と、 沙良ちゃんは真面目に授業を受け始めるけど、あたしは上の空で外を眺めていた。
今日の外は、昨日の雨とは打って変わって、眩しいくらいに太陽が輝いている。
楓に抱きしめられた強さと、唇の感触を不意に思い出して、深い深いため息をついていた。
そんなあたしの様子を見ていた沙良ちゃんが、隣で心配そうにしているのも気が付かずに。


