二階の部屋に戻ってきた楓は、机に向かうと頭を抱えて俯いた。

「……ほんっと、何やってんだ……」

焦らないように、焦らないように…

ちゃんと千夜に男として認められるようになりたくて、

少しずつ、少しずつ……

準備をしてから、
ちゃんと言いたかった言葉。


我慢していた今までが、全部消えて無くなる。

千夜が俺から離れていくなんて、あり得ないと思っていた。

一緒に居るのが当たり前で、勝手に千夜も俺の事を好きなんだろうと、


思い上がっていた。



ーあたし……楓の事、そー言う風に見たこと……ない……ー


目の前の課題が波打つのを堪えきれずに、瞬きをした瞬間、大粒の涙がプリントの問題を滲ませた。

「……っ……ん……」

声にならない声で、楓は静かに泣いていた。


外はすっかり雨が上がり、傾いた太陽に照らされて綺麗な虹が架かっていた。

ーーーー
夕飯の時に現れた楓は、いつもの楓だった。

他愛もない話をママとして、あたしもそれに自然と入っていつもの様に笑っていた。
あたしだけがこんなモヤモヤした気持ちになっているのだろうか?

いつだってそう。
楓は平気な顔をして何でもこなしてしまう。

だから、心配になったりもした。
あたしは……どうしてあげたら良いんだろう。

「なんだよ、怖い顔して。じゃあまた明日な」

「……え、うん、また明日」

いつも通り笑顔で手を振って帰って行く楓に、あたしはため息をついた。



次の日の朝も、楓は準備に手間取るあたしの事を待っていてくれて、電車に乗り、学校の前の駅で降りるとすぐに、あの騒がしい声が聞こえてきた。

「おぉ! 今日は揃ってんな。おはよう、楓……と、千夜」

明らかにあたしはオマケね。

「おぅ、おはよう、圭次」

いつものように挨拶をする楓に、圭次は不服な様子であたしと楓を交互に見た。

「なんか違う」

そう言って考え込む圭次を、楓は笑いながら連れて行く。

あたしは2人と別れて教室に入ると、すぐに沙良ちゃんが声をかけてくれた。

「おはよう、千夜ちゃん。今日は楓くんと来たんだね。話出来たの?」

嬉しそうに沙良ちゃんがそう言って近づいてくるから、あたしは戸惑ってしまう。

「その事なんだけど……」

あたしが話そうとした瞬間に、担任が入ってくる。
席に着くと「お昼休みね」と、 沙良ちゃんは真面目に授業を受け始めるけど、あたしは上の空で外を眺めていた。

今日の外は、昨日の雨とは打って変わって、眩しいくらいに太陽が輝いている。

楓に抱きしめられた強さと、唇の感触を不意に思い出して、深い深いため息をついていた。

そんなあたしの様子を見ていた沙良ちゃんが、隣で心配そうにしているのも気が付かずに。