駅に着くと、あたしは楓の傘を開いて外を歩き出した。

先ほどよりは雨も弱まって、うっすら空も明るくなってきたように感じる。

あたしは少し遠回りをして、いつもの河川敷の道をゆっくり歩いていた。

雨のせいで人は全然いない。花壇の花は手入れが行き届いていて、色とりどりの花が曇り空も明るくしてくれるようだった。

「……ん?」

あたしは橋の下に人が居るのを見つけた。
その場に立ち尽くすその人は、傘も差さずに濡れている。

あたしは気になって近づいて行くと、この前川に入っていったその人だと気がついた。

「……あの……」

あたしの声にびっくりして肩を震わせたかと思うと、その人は目元を拭って後ろを向いた。

泣いていた……?

あたしは、一歩近づくと、その人の足元に綺麗な小さい花束が置かれているのを見つける。

「この前、川で子猫を助けてた方ですよね?」

あたしがそう言うと、その人は静かにこちらを向いて、あたしの事を見る。

「……あの猫、死んだんだ」

「え!」

それだけポツリと喋ると、その人はあたしの横を通り過ぎて行った。


あたしは花束の前に小さな山が出来ているのを見つける。

そう、……だったんだ。

子猫を助けた時に見た笑顔を思い出して、
あたしは胸がチクリと痛くなった。

去っていく後ろ姿に、あたしは思わず追いかけて声をかけていた。

「待って!! あの、元気出してください! あの子猫、あのまま溺れてしまわないで、あなたに助けてもらって……良かったと思うし。こうやって悲しんでもらえて、幸せだと思う……だから……」

あたしが無我夢中でそう言うのを見て、驚いて振り向くと、その人はあの時子猫に向けていたのと同じ笑顔で、あたしに微笑んでくれた。

「……ありがとう」

言葉は少ないけど、あたしにはその一言で十分だった。それだけ言うと、その人はまた歩き出す。


残ったあたしは、ちゃんと伝わったことを嬉しく思って、高鳴りが治らない胸にぎゅっと手を握りしめて、しばらくそこに立ち尽くしていた。



家に帰ると、あたしは着替えて楓の傘を持つと、隣の楓の家の玄関を開けた。

「楓ー! 居るー? 玄関開いてるから居るよね? 傘、ありがとう。沙良ちゃんからちゃんと受け取ったよ」

あたしは玄関から二階にいるであろう、楓に叫んだ。

「そこ置いといて」

しばらくしてから、部屋から降りてくる楓の姿に、あたしはホッとした。

「ねぇ、楓。 やっぱりあたし、楓がいないと今日一日変な感じだったよ。怒ったのがなんでか、あたしまだ良く分かんないけど、あたしが悪いのなら謝るから、だから、また一緒に……」

言い終わる前に、あたしは楓の腕の中に包み込まれていた。

「え……」

強く強く、あたしの事を抱きしめる楓に、あたしは驚いて持っていた傘を落としてしまう。

突然のことであたしは身動きが取れずにいると、そっと離れた楓の顔が近づいたと思ったら、ふわっと唇にキスされていた。


楓が静かに離れると、固まってしまったあたしの目から涙が溢れてきて、 次から次へと玄関のコンクリートにシミをつくっていく。

「え!! 千夜……ごめんっ!! 」

それに気がついた楓はそう言って慌てる。

「あー! ほんっとごめん。



マジで、最悪だ俺……
でもさ、これだけは分かって欲しい。


俺は、千夜が好きなんだよ」


楓が真っ直ぐにあたしを見てそう言った。




頭の中が真っ白になって、あたしは何も考えられなくて、何故か一瞬さっきのあの人の笑顔が浮かんだ瞬間に、楓の顔をやっとちゃんと見ることが出来た。

「あたし……楓の事、そー言う風に見たこと……ない……」

あたしの言葉に、楓は苦しそうに眉を下げて無理矢理に口角を上げるしかなかった。

「……分かった……分かったから、じゃあ今まで通りにしよう。もう夕飯だろ? 課題終わったら行くから、じゃあまたな」

楓はそう言って階段を上って行ってしまった。


残されたあたしは、玄関に置かれた姿見に写る自分の顔を見て、涙を拭った後に外に出て行った。