「良かった、まだ居て。これね、楓くんが千夜ちゃんにって」

そう言って差し出してくれたのは、楓がいつも持ち歩いている折りたたみ傘だった。
もちろん天気予報など見ていないあたしは傘も持たずに学校へ来ていた。

「なに! 楓のやつ、俺より先に沙良ちゃんと会ってたのか! くそー! しかも用事頼むなんざ厚かましい」
「ううん、あたしが声をかけたの」

あたしと圭次はその言葉に驚いて沙良ちゃんを見た。

「千夜ちゃんは気づいてなかったかもしれないけど、さっき教室の外に楓くんが来てて。千夜ちゃんを呼ぶでもなく、入ってくるわけでもなくして行っちゃったから、あたし、追いかけて話してきたの」

沙良ちゃんはそう言うと、傘をあたしに手渡してくれた。

「楓くん、ケジメをつけたいって言ってたよ。距離置くなんて言っても、こうやってちゃんと千夜ちゃんの事気遣ってくれるなんて、ほんと羨ましいよ」

沙良ちゃんがそう言って微笑むと、あたしは胸の奥がチクっと痛んだ気がした。

「ケジメって、なんだよ。あいつ自分に厳しすぎだろ。千夜にはほんっとに甘すぎるし。距離置くならほっときゃいーのに」

圭次は折りたたみ傘を見ながらそう言うと、廊下の方に歩き出した。

「沙良ちゃんは傘あんの?」
「え、あたし? ちゃんとあるから大丈夫」

振り向き様に圭次が沙良ちゃんに聞くと、カバンから傘を取り出す沙良ちゃんに、圭次はニヤリとした。

「やった、駅まで入れてくんない?」

外の雨はより一層強さを増していて、走って行ったとしてもずぶ濡れ確定な程になっていた。

すかさずそう言って頭を下げる圭次に、沙良ちゃんも少し困った後に、しょうがないなぁと、快諾した。

あたしは楓の傘を見つめる。
あたしは、いつも楓に助けられていて、

やっぱり自立したい楓の負担になっているんじゃないかな。
楓が、あたしのことを本当に気にしないで過ごせる日なんて来るのかな。

あたしがいないとダメだなんて、嘘だよ。
あたしは、楓の重荷になんてなりたくない。

「帰ろう、千夜ちゃん」

沙良ちゃんにそう言われて、あたしは浮かれる圭次と一緒に教室を出た。