「あ! ところでさ、楓のバイトしてるとこってどこなの?」

あたしが振り向いて聞くと、楓はなぜか怒った顔をしてドカドカと歩き、「教えねぇ!」と言ってあたしの前を行ってしまった。

「え! ちょっと、なに怒ってるの? 教えてよー」
「そんなに言うなら、あんまり一緒に居ない方がいーって事だろ? 分かったから、明日からはちょっと距離置く。それで文句ないだろ」

そう言って楓はまた早足で行ってしまうから、あたしは追いかけようにも追いつけなくなった。

「なによぉ」

先に自立しようって離れたのは楓の方じゃん。
1人で大人になろうとしてるのは楓の方だよ。
あたしだって楓離れはいつかしなきゃって思ってた。
ずっとずっと思ってたけど。
あたし、まだまだ子供なんだよ。
楓がいないとたぶんダメだもん。

楓が先に大人になっても良いから、
変わらずに今まで通りにしていて欲しかった。

なのに…

なんでそんな言い方されなきゃならないのよ。

楓が怒るなんて、初めて見たかもしれない。

いつも、どーしてそんなにって思うくらいあたしに優しいし、どんなにドジしても、勉強出来なくても、それを投げ出したとしても、笑ってくれていた。

また今度だって、帰ったら笑ってくれるよね?



家に帰ると、ママがご機嫌な様子でキッチンで鼻歌を歌っている。

「ただいまー」
「あら、おかえり。ちょうど良かった、今おやつにしようと思ってたの。楓くんが千夜の好きなチョコレートケーキ買ってきてくれたのよ」

ママはそう言って、テーブルの上に置かれた白い箱を指差した。

「あ、これ」

箱を開けてみると、中にはこの前奈々香さんと会ったカフェで食べて、あたしがまた食べたいと騒いでいたチョコレートケーキが入っていた。

やっぱり、楓は優しい。

「楓は? 呼んでくるねっ」

あたしが玄関に向かおうとすると、ママに止められた。

「今日はバイトで疲れたから、夕飯まで休むって言ってたわよ。学校生活も変わったばかりなのに、慣れないことしてきたんだもの、疲れてるはずよ。休ませてあげなさい」

ママにそう言われて、あたしは素直に戻って椅子に座った。
目の前には、お皿に乗ったチョコレートケーキと淹れたての紅茶が並べられている。

嬉しいはずなのに、何故か気持ちは沈んでいて、ママは目の前でチョコレートケーキを大絶賛してニコニコ笑っているのに、
あたしはあの時ほどの美味しさをチョコレートケーキには感じなかった。


あたしは部屋に戻ると、窓から楓の部屋の窓を眺めた。今朝は閉まっていた窓が開いているのを確認する。
こんなに近いのに、楓を遠く感じてしまう。


チョコレートケーキ、ありがとう


すぐそこにいて、声も届く距離だけど、あたしは楓にLINEを送った。すぐに既読がついたけど、返信はなかった。