「訓練に参加し、疲れているだろうに、毎日のようにカミーユ嬢の傍に寄り添って、少しずつ外に出る手助けをしていたのだとか。街に出て、人々と言葉を交わして、恐ろしい男性だけではないのだと、そう伝え続けて。そうして、カミーユ嬢は今のように、男性と話をすることが出来るくらいに、回復したのです。だから、婚約を発表した後にお礼を言いたかったのだけれど、彼は同じ時期に姿を消していて。……誰も傭兵のルーさんのことを知らなかった」



 「不思議な人ですよね」と言うジョエルに他意がない事は分かっていたけれど。
 アルベールはただ、カップを口元に運びながら、「そうだな」とだけ、応えた。

 それからしばらくして、バスチアンが彼の妻、アナベルと、娘であるカミーユ、そしてエレーヌを伴って客間を訪れた。ジョエルと二人、立ち上がって彼らを迎えると同時に、アルベールは最愛の婚約者の姿に、密かに息を呑んでいた。

 可愛いや、愛らしいという感想しか出てこないのは、自分自身があまりにも芸術的な文化に触れてこなかったせいだろうか。だとしたら本当にもったいないことをした気がする。愛おしい彼女を称える言葉は、いくらあっても足りないのだから。



「本当に、よく似合っている」



 深い藍色の生地に、細かく刺された銀色の刺繍。ほっそりとした肩に、片側でまとめた緩やかな茶色の髪がしっとりとかかっている。落ち着いた、清廉さを感じさせるデザインのそのドレスは、すっきりとした美しさを持つカミーユに良く似合っていた。

 何よりも、自分の色でその身を包む彼女の姿が、とても嬉しかった。本当に彼女が自分の婚約者になったのだと、そう改めて実感できたから。



「本当に行かなくてはならないだろうか」



 その言葉があまりに唐突過ぎたのだろう、カミーユはもちろんのこと、その場にいたバスチアンやアナベル、エレーヌ、そしてジョエルでさえも、皆驚いた顔でアルベールを見ている。
 アルベールは彼らの視線など気にも留めずに、深々と息を吐き出した。



「こんなに愛らしい君を、私以外の人間に見せなければならないとは……。やはり今日はやめておこうか。二人で食事でもしながら、のんびり過ごすのはどうだろう」



 気付けばすらすらと、口から言葉が零れる。その全てが本心であった。

 このように美しく愛らしいカミーユが夜会になど行けば、おかしな虫がつくかもしれない。というのは建前で。

 ただ、自分だけを見ていて欲しいというのが本音だった。着飾った姿も、驚いた表情も、全て自分だけが目に出来れば、これ以上にないほど幸せだというのに。