エルヴィユ子爵家、当主の執務室。普段は滅多に近づかないはずのその部屋に、カミーユは近頃、度々呼び出されていた。

 婚約を解消するまでも、詳細を決定するために一度や二度はこの部屋を訪れていたが、まさか婚約を解消した後の方がこうして足を運ぶことになろうとは。
 それも全て、アルベール・ブランの関係で。



「……国王陛下から、ブラン卿からの婚約の申し出に関して、手紙が届いた」



「……はぁ」



 父、バスチアンの言葉に、知らず、気の抜けた返事が零れる。
 いくら貴族と言えど、子爵家ともなれば国王陛下など雲の上の人。そんな人が、英雄と呼ばれる次期公爵と言えど、婚約に関してこうして手紙を寄越すとは。やはり、アルベール・ブランという人物の婚約は、それほどまでに重要なことなのだろう。

 「何と書かれているのです?」と、カミーユはおそるおそる口を開いた。



「婚約を受けるな、ということでしょうか。家格も釣り合っていませんし、当然、陛下もそう考えられたのでしょうね」



 しかし、国王がアルベール本人にそれを言おうにも、褒美として自らの望む相手との結婚を許した手前、アルベール自身の決定を覆すわけにはいかない。そう考えれば、こうして先に話を聞きつけ、手紙を送ってくるのも分かるというものだ。

 そう思い、これからこのエルヴィユ子爵家を訪れるアルベールが、何かを話し始める前に、この度の婚約解消についての出来事を説明し、同情してもらう必要はないのだと伝え、きちんと断ろうと、そうカミーユは考えていたのだけれど。

 バスチアンは少々諦めを混ぜたような表情で、「残念ながら、そうじゃない」と呟いた。



「陛下からの手紙にはこう書いてある。『ブラン卿は、話し方や態度から、顔が良いだけの堅く恐ろしい男に見えるかもしれないが、根は面白味もないほど真面目で優しい人物だ。婚約に応じようというのならば、もちろん賛成するが、断ろうと考えているのならば、どうかすぐにはそうせず、ブラン卿を知る時間を作ってやって欲しい。王命とは言わないが、私は二人が結婚することに賛成である』……」



 淡々と読み上げるバスチアンに、カミーユは数度瞬きを繰り返した後、「それは、褒めているのでしょうか。それとも貶しているのかしら」と、どうでも良いことを呟いてしまった。
 バスチアンもまた同じことを思ったようで、「幼い頃から、仲の良い方々だからな」と、無難な言葉を選んで応えた。