「貴女たち、まさかエルヴィユ子爵令嬢がいらっしゃると知っていて、あのようなことを……? マダム、貴女の判断は正しいわ。本人がいない所で口にする陰口も褒められたものではないけれど、本人が、それも客として訪れている相手のことを、こうして人が行き来する場所で口にするなんて、許されることではないわ」



 怒りというよりも、哀しみの勝る様な表情で、フランシーヌが呟く。店主は深々と頭を下げたまま、「仰る通りですわ」と応えた。

 カミーユとアルベールのことを話していた二人は、真っ青な顔で呆然と立っている。今にも倒れそうな二人に、しかしフランシーヌはその細い首を傾げて見せた。



「こんなことを言って追い打ちをかけたくはないのだけれど。……マダムも、そして貴女たちも、まずは謝罪をすべきでしょう。エルヴィユ子爵令嬢に」



 儚く感じる姿に仕種。けれどその身から発される威厳は、やはり高位貴族のそれであった。

 三人はそれぞれ頭を下げながら、カミーユに対して謝罪の言葉を口にする。急なことに驚きながらも、カミーユはそれを受け入れた。そうでもしなければ、店主はもちろんのこと、二人の店員はその場で倒れてしまいそうだったから。



「私は、大丈夫ですわ。ですが、トルイユ侯爵令嬢の仰る通り、本当にお気をつけください。自分のことや、愛する人のことを悪く言われて、気分の良い人なんていませんから」



 それだけ告げて、カミーユはフランシーヌの方へと顔を向ける。「トルイユ侯爵令嬢も、ありがとうございました」と、頭を下げながら。



「そして、私がいたばかりに、ご不快な思いをさせてしまって……」



「あら、気にしないで。わたくしは当然のことをしただけよ。貴女のせいではないわ。……世の中には、妬み嫉みを口にしないと気が済まない方たちがいるの。気をしっかりお持ちになって」



 そう言うと、フランシーヌは優しく微笑む。女神のようだと讃えられるその笑みは、確かに慈愛に満ちた美しいもので。

 カミーユはただその優しさに驚き、笑みを返した。「優しいお言葉をありがとうございます」と応えながら。



「カルリエ嬢も、王宮の舞踏会のドレスを注文されたのでしょう? 会場でお会いできるのを楽しみにしているわ」



 フランシーヌはそう言うと、奥の部屋へと戻っていく。おそらく、カミーユがこの店を訪れるよりも前から滞在していたのだろう。二人の声が聞こえて、出て来たのかもしれない。

 以前から話には聞いていたが、本当に優しい方なのだなと、そんなことを思った。