ガチャンッ、と盛大な音を立てて、テーブルの上にあったティーセットが割れた。胸の内を埋め尽くす、どうしようもない怒りを表すように。



「お嬢様! お怪我はございませんか!? すぐに片づけますわ!」



「……ええ。大丈夫。ごめんなさい、わたくしの不注意で。迷惑をかけるわね」



 偶然を装い、叩き割ったティーカップを見ながらそう言って微笑む。申し訳なさそうに見えるように、表情を作りながら。

 本当はそんなこと、少しも思っていないけれど。

 侍女の一人が、テーブルから落ちた破片を拾いながら「動揺されても仕方ありませんわ」と、憤った様子で呟いた。



「まさか公爵夫人のティーパーティに参加するなんて……! ずうずうしいにも程があります! しかも、開始時刻より遅く来たそうですわ。公爵夫人が庇ってらしたという話ですけど、本当の所はどうか分かりませんわ」



 「本当、その通りですわ」と、周囲の侍女たちもが声を合わせて頷くのを見て、少しだけ溜飲が下がる。

 彼女たちの言う通りだった。たかが子爵家の令嬢の分際で、社交界でも一種のステータスとなっている、公爵夫人のティーパーティに参加した挙句、遅れてくるなんて。有り得ないという他なかった。

 それも。



「……あの方に、エスコートされて参加する、なんて……」



 ぼそりと呟けば、侍女たち一様にぴたりと口を噤む。気の毒そうなその空気が気に喰わず、再び胸の内が怒りで満たされた。

 なぜ自分が、たかが侍女たちに気の毒だと思われなければならないのか。それもこれも、自分の居場所であるはずの、あの方の傍を奪った女のせい。

 許せないと、思った。



「……わたくしの方が、絶対にあの方に相応しいのに……」



 いつもの様子を装って、しおらしく呟いて見せれば、周囲の侍女たちが慌てた様子で顔を見合わせるのが見える。

 さあ、誰か一人くらい口にするべきだ。自分が代わりに、あの女を排除しようか、と。

 「お嬢様」と声をかけて来たのは、先程ティーセットの欠片を拾いながら憤っていた、あの侍女であった。



「実はあの女について調べてみたのですが、……あの女、夜会に出る際も決して元婚約者や父親から離れず、誰からも挨拶を受けなかったそうです」



「……どういうこと?」



 侍女の言った言葉の意味が分からず、首を傾げる。挨拶というのは、夜会などで顔見知りに出会えば交わすのが当たり前であるし、それを拒むことなど出来ない。そんなことをすれば失礼にあたるからだ。
 また、挨拶を受けた所で、何か困ったことになるようなこともない。それを受けないというのは、どういうことだろうか。

 侍女はそんな疑問に気付いたらしく、再び口を開いた。