アルベールの知るカミーユは、元々責任感の強い女性である。その彼女が婚約を解消したということは、何かそれなりに理由があったのだろうとアルベールは考えていた。だからこそ、自分のことを何も知らない状態で求婚を断られる可能性も捨てられず、そのようなことだけは避けたかった。

 本当は、何も知らないというわけでもないのだけれど。



「それにしても、与えた褒美を使って早々にカミーユ嬢の婚約を破断にさせて、婚約することも出来ただろうに。……まあ、根が真面目なお前に、そういう道理に欠けた行いは無理か」



 言いながら、テオフィルは書き上げたらしい手紙を背後に控えていた侍従へと渡す。急ぎで送り届けるように言っていたから、自分がカルリエ家に到着する時にはすでに届いていることだろう。

 そう思い、少しだけほっとした。これで門前払いされる可能性は減ったわけだから。もっとも、次期公爵であり伯爵でもあるアルベールを門前払いすることなどまず無理な話だが。ようは気持ちの問題である。

 「正直なところ、それも考えました」とアルベールが言えば、テオフィルは驚いた顔でこちらを見ていた。



「ですが、カミーユ嬢に嫌われる結果になるのが目に見えておりましたので。……他の誰がどのような視線を向けて来ようと構いませんが、彼女にだけは、嫌われたくないのです」



 想像するだけでも肝が冷える心地がする。今でさえ、夜会に顔を出したとしても、彼女と目が合うことすら稀だというのに。その目に、自分に対する嫌悪が浮かんだら、なんて。

 そんなことを思いながら僅かに目を細め、視線を落として溜息を吐けば、テオフィルが少しだけ楽しそうに笑っていた。「そんな顔も出来るのだな」と言って。



「それはまあ、努力次第だろうな。少なくとも、無理矢理破談にさせたわけではないから、最悪の心象ではないだろう。お前がそうやって物憂げに語りかければ、大抵の令嬢たちは靡きそうなものだが、……そこまで自信を無くすほどだ。慎重に心を通わせることだな」



 「髪まで切ったんだ。頑張れよ」と、国王ではない、気安い友人の顔で言うテオフィルにアルベールもまた小さく微笑み、頷いた。

 「彼女に逃げられたら、お前結婚しないだろ。身分差よりも、そっちの方が困る」というテオフィルの疲れたような呟きは、聞こえないふりをした。