頭を過ぎった、消えることのない記憶。背筋を這う、恐怖の感覚。
 自分の意志とは無関係に、竦み、凍える身体を自らの腕で抱きしめることしか出来なくて。



『カミーユ……!』



 まるで、暗闇に落ちていくかのように気が遠くなる中、聞こえてきたのは、驚いたような、焦ったような声で。
 少しずつ、意識が戻って来た。



 ……『  』?



 口の中だけで呟いた名前。同時に、視界に入ったその姿。
 銀色の髪に藍色の瞳を持つその青年が、自分の脳内に思い描いた人物ではないと、そう分かっても。
 ほっと、していた。

 思い描いた人物ではなかったとしても。
 彼ならば、彼が来てくれたならば大丈夫だと、そう思えたから。

 アルベールと二人、オペラハウスへと足を運んだあの日から、すでに三日が経っていた。
 『ティーパーティーの時に着て欲しい』と言って、今朝方、いつものようにエルヴィユ子爵家を訪れた、アルベールから受け取った大きな箱には、淡い茶色を基調にしたドレスが。小さな箱には、小ぶりな赤い宝石がついたネックレスが入っていた。

 昼間のパーティに相応しい、あっさりとして落ち着いた、それでいて品のあるデザインに、カミーユは素直に喜んでいた。同時に、そのドレスの手触りと言い、宝石の輝きと言い、明らかに高価な物をプレゼントされたことに、恐縮でもあったけれど。

 私室のベッドに座り、「素敵なドレス」と言って素直に喜ぶカミーユに対して、その姿を椅子に腰掛けて眺めていた妹、エレーヌは、意外そうな顔でこちらを見ていた。「もっと違う色のドレスが入っているのかと思ったわ」と言いながら。



「お姉さまの髪や瞳の色と合わせたドレスなのね。とっても素敵だけれど、アルベール様のことだから銀色や藍色を基調にしたドレスやネックレスだとばかり思っていたわ」



 不思議そうに言う彼女の言葉に、カミーユは少しだけ首を傾げて見せる。何故彼女がそのように思うのだろうかと思い、言葉の意味を考えて。

 ああ、そうかと一人納得した。銀色や藍色と言えば、アルベールの髪と瞳の色。自分の持っている色の衣装や装飾品を相手に贈るというのは、端的に言えばその相手が自分の恋人であると周囲に知らしめるための行為であった。

 だからこそ、カミーユは妹の思い違いに小さく笑う。「アルベール様が、銀や藍の物を贈ってくださることはないと思うわよ。エレーヌ」と言いながら。