……確かバルテ伯爵家は、エルヴィユ子爵家に探りの手紙を送っていたな。



 あくまでもエルヴィユ子爵家の出方を伺っている様子であったため、大した対処をしていなかったのだが。
 帰宅後すぐにでも抗議文を送り付けなければと考えつつ、静かになった部屋の中で、カミーユの方へと視線を戻す。

 カミーユは少し不安そうに、アルベールの顔を見上げていた。



「あの、先程の……、バルテ伯爵令嬢は、アルベール様の落し物を拾われてこの部屋にお越しになったようでした。……お話ししなくて、よろしかったのですか?」



 おずおずと告げられた話に、アルベールはなるほどと一人納得する。そういう口実で、扉を開かせたのか、と。そしておそらくは従業員の女性が対応に出て、そのまま扉の向こうで足止めを食らうことになったということだろう。



「ああ、構わぬ。本当に俺の持ち物を所持しているのならば、追い出されそうになった際にそれを見せたはずだからな。言い分の一つとして」



 自分たちは何もしていない。理由があったから部屋に入っただけだと、そんな言い訳をするために。
 そうしなかったのは、実際には何も持っていなかったからに他ならなかった。

 「心配しなくても大丈夫だ」と、カミーユに声をかければ、彼女は数度瞬きをした後、納得したように、「そう言われてみれば、そうですわね」と言って頷いていた。その顔に、困ったような笑みを浮かべて見せながら。

 その笑みを眺めて、アルベールは彼女に気付かれないように、ほっと息を吐く。真っ青になっていた顔色も、少しは戻って来たようだ。肩の震えもおさまり、身体を抱いていた腕は、淑女らしく膝の上に置かれていた。

 ほっそりした頬が僅かに紅く色付いたのを見て、アルベールの顔にもやっと、安堵の微笑が浮かぶ。良かったと、心の底から思った。



 この愛らしい顔から血の気が失せたのを見た時は、気が気ではなかったが……。



 まじまじと自分の顔を眺めるアルベールに、カミーユは不思議そうに首を傾げていた。無防備なその様に、やはりこのまま連れ帰ってしまうことが出来たら、絶対の安全を約束できるのにと、何度となく消し去ろうとした考えを、諦め悪く思い返してしまう。
 彼女がそれを望むとは到底思えないから、アルベールもまたそれを実行しようとはしなかったけれど。

 もしカミーユがそれを望んでくれたならば、自分は喜んで彼女を自らの領域に閉じ込め、彼女を傷付けようとする全てから遠ざけてみせるのに。
 彼女が傷つくからと表に出すことはないけれど、紛れもなくそれが、アルベールの本心であり、望みであった。