ベルクール公爵家の嫡男として生まれた時から、騎士としての生き方を教え込まれていたアルベールは、オペラ鑑賞のような、ただ静かに舞台を見守るという行為が少々苦手であった。
 もちろん、それを表に出すということはまずないけれど、内心では全く別の事を考えていたり、眠気を押し殺したりするのに忙しいというのが常で。後にその内容について問われても、何一つ覚えていないという事もあった。

 今回のオペラもまた、同じだろうと思っていた。それどころか、ここ最近はカミーユに会うためにかなり無理をしていて。
 体力に自信がある方ではあったし、戦時中からすれば断然楽ではあるが、寝不足であるという事実は消えなかった。

 何しろ、ベルクール公爵家の嫡男としての仕事に加え、ベルクール騎士団の団長としての仕事、ミュレル伯爵としての仕事など、毎日毎日、増える一方の仕事をこなすのに、忙しかったから。

 通常ならば、寝る間も惜しんでということはなかったのだけれど。毎日カミーユの顔を見るためにはそれ相応の無理をしなければならなかったのである。まあ、その疲れもカミーユの笑みを目にすれば一気に吹っ飛ぶものだから、我ながら現金だとは思うのだが。

 そんな状態であったため、今回のオペラは、下手すれば眠ってしまうのではないかと思っていた。シークレットルームという、誰にも邪魔されない場所だから、尚の事。
 だが、だ。



 ……カミーユが隣にいるというのに、眠るわけがなかったな。



 熱心に舞台を見つめて一喜一憂する彼女の横顔をじっと見つめて、それだけで癒され、満たされるような気がしていた。

 大きく開いた神秘的な茶色の瞳。まだ未婚である証の、結い上げていない、ゆるやかに波打つ長い亜麻色の髪。茶色のシックなドレスはその瞳に合わせたのか、光の加減で紅色に輝いて見える。
 ほっそりとした顔立ちは可愛いと言うよりは美しいと言える雰囲気だったが、喜怒哀楽を惜しみなく浮かべる今の彼女は、とても愛らしかった。

 まあ、アルベールにとっては、彼女がどんな表情を浮かべていても、可愛らしく、美しく、そして愛おしいのだが。



 ……本気で、このまま連れて帰ってしまいたい。何一つ不自由のない空間で、ただただ好きなことをして生きていて欲しい。俺の傍で、俺だけに微笑んでくれていれば、それだけで良いのだが。



 アルベールがカミーユに望むのは、それだけだった。ただ笑って生きていてくれさえすれば、それで。