当たり前のようにアルベールを名前で呼ぶところを見ると、彼女はアルベールと随分親しい間柄なのだろう。一緒に夜会に参加していたのなら、なおのこと。
 それならば、自分の一存で追い返すのは良くないかもしれない。バルテ伯爵令嬢のいう通り、アルベールもまた、彼女に会いたいかもしれないから。

 そんなことを考えていると、ふと胸に何かがつかえるような感覚があり、知らず胸元を手で押さえる。何か分からない、不快なその感覚に戸惑っていたカミーユは、自分の傍に歩み寄る人影に気付いていなかった。



「へえ、あの英雄閣下が選んだ方だというから興味があったんだが。……何とも神秘的な瞳をお持ちだな。まるで魅入られるような」



「…………っ!?」



 いつの間にかすぐ傍までやって来ていた、セーデン伯爵令息と呼ばれていた青年は、まじまじとカミーユの顔を覗き込みながら呟く。おそらく、彼に他意はなかったのだろうけれど。

 すぐ近くから聞こえた低い声。好奇の視線。不躾な態度。
 一瞬にして、思い出したくもない過去の記憶が呼び起こされて。

 ざっと、一気に全身の血の気が引いた。



 怖い、怖い、やめて、来ないで……。



 自らの身体を抱くようにして、カミーユの全身が震え出す。
 怖くて怖くて、仕方がなかった。



「お、おい。大丈夫か?」



「急にどうされましたの?」



 数歩、知らずの内に後退れば、明らかにカミーユの様子が異常なことに気付いたのだろう、セーデン伯爵令息とバルテ伯爵令嬢が慌てたように声をかけてくる。加えて、セーデン伯爵令息は、再び足を一歩踏み出そうとして。

 「貴様ら、何をしている」という、鋭く低い声が、室内に響き渡った。